台湾グルメにおける中国の「遺伝暗号」は、いかに構成されているのか
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【1月12日 CNS】中国台湾地区の人口は2300万人を超え、その8割以上が福建(Fujian)人と広東(Guangdong)人の子孫であり、食習慣もこの両省と似ている。1949年以降、全国各地から来た人々が故郷の料理を台湾に持ちこんだ。さまざまな時代背景の下、各地の料理の台湾での発展・融合・革新を経て、広く知れ渡っている台湾料理が形作られた。台湾の美食家、朱振藩(Zhu Zhenfan)さんはインタビューで、台湾は土地が狭く、シェフやレストラン業者の移動が激しいため、最初から最後まで一つの料理にこだわる中華料理店は少なく、多くの料理の特徴を兼ね備えた店が一般的になったと述べた。台湾では、さまざまな料理や風味が融合し、その中には継承と融合があり、時代の変遷の跡が至る所に見られる。
1949年以降の台湾の料理は、「公邸料理」「軍隊料理」「商業料理」の3つに分けられる。いわゆる「公邸料理」とは、江蘇(Jiangsu)・浙江(Zhejiang)料理のことだ。蒋介石(Chiang Kai-shek)親子が寧波(Ningbo)出身だったため、台湾ではまず寧波料理が流行した。その後、党や政府の要人に江蘇省や浙江省出身者が多かったため、蘇州(Suzhou)・杭州(Hangzhou)・上海料理をメインにしたレストランが次々と登場し、民間では「公邸料理」と呼ばれるようになった。当時の国民党軍では、湖南省(Hunan)や四川省(Sichuan)出身者が多かったため、辛味の強い四川・湖南料理が軍関係者に好まれ、「軍隊料理」と呼ばれるようになったという。
「商業料理」については、台湾経済が絶頂期を迎えた1990年代初め、株式市場の活況により多くの人々が豊かになり、その経済力が増大し、食に対する消費需要が高まったことがきっかけだ。その結果、高級で高価な「ナマコ、フカヒレ、アワビ、魚膠(ぎょこう)」料理を専門とする香港式レストランが、雨後のタケノコの様に次々と登場した。ビジネスマンの宴席でこのような料理が選ばれることが多いため、香港式海鮮料理は「商業料理」とも呼ばれるようになった。
「公邸料理」「軍隊料理」「商業料理」のほか、一般市民の日常の食事の家庭料理については、湖南・四川料理を組み合わせたものが中心で、北部地方の炒め物や江蘇・浙江・広東料理の要素も加える風味が一般的だ。台湾の街角にある快炒店(短時間の炒めでできる料理を提供する店)の多くは、大体がこのタイプだ。
台湾の軽食は中国大陸の各省と切っても切れない関係にあるものが多く、台湾の街角では、刀削麺はもちろん、四川坦々麺、宜賓(Yibin)燃麺(イーピンランメン)、山東(Shandong)餅(中華餅)、上海中華まんなど、大陸の地方名を冠した軽食店を多く目にすることができる。当初はこられの店の店主は各地方の出身者で、故郷の味を台湾に持ち込んできたが、時代の変遷とともに、台湾の軽食はオリジナルに加え、ローカルな工夫を凝らすようになった。(c)CNS/JCM/AFPBB News