プロローグ:モザンビークの「いま」と「未来」のために


 アフリカ大陸の南東部に位置し、インド洋に面するモザンビーク共和国(以下、モザンビーク)は、北はタンザニア、南は南アフリカ共和国と国境を接している。国土は日本の約2倍で、人口は約3200万人。
このアフリカの国でいま、NECの子会社が、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関UN Womenと連携して、電子バウチャーによる女性支援プログラムを行っている。
UN Women (https://www.unwomen.org/en)

(c)KUN TIAN / AFP

 モザンビーク各地での紛争はいまも続いており、とりわけ2017年に北東部カーボデルガード州で勃発した反政府武装組織と治安部隊・軍の傭兵との間の武力紛争は壊滅的で、100万人近い人々が故郷を追われ、いまも国内避難民としての生活を強いられている。
 そうした混乱のさなかで経済成長もままならず、貧富の差は解消されないまま、国民の半分は貧困層。さらに内戦・紛争によって教育環境も悪化したままで、識字率も60%程度だという。
 このような環境下で暮らす人々、中でも女性に向けた支援プログラムがはじまっている。

「ICカード」と「スマホ端末」で支援物資を簡単購入
(C) B. Veja/UN Women 2022

 この支援プログラムの主体は「UN Women(国連女性機関)」。女性と女児のためのグローバルな支援機関として、世界全域で女性と女児のニーズに応じた変化をさらに加速させるため2010年に設立された。「女性に対する暴力の撤廃」「女性の経済的エンパワーメント」「公共空間におけるガバナンスと参画」「女性、平和と安全保障」という4つのコンセプトを掲げ、これまでに100カ国以上の国と地域で活動をしている。

 今回のプロジェクトもその一環で、とりわけ「サービス、物資、資源への女性の公平なアクセス」という点を主眼においているのが特徴だ。女性が公平にアクセスできることは、ジェンダーの平等と持続可能な開発を達成するために不可欠である。そのため、避難生活を強いられている人々の中でも、最も取り残されている女性の公益サービスへのアクセスに対する障壁を取り除くことが目的だ。
 では、支援プログラムは具体的にどのような内容なのか。

 ひと言で言えば「女性が必要としている物資の支援」だが、そのための現場オペレーションの効率化を目的として、ITソリューションを活用する。それが、NECの子会社「NEC XON」社の「新興国向け電子バウチャーシステム」である。
「eバウチャー」と呼ばれるこのシステムは、クレジットカードや交通系ICカード「Suica」などと同じサイズの非接触型ICカードを支援対象の女性に無償で配布し、そのカードを使って支援物資の購入をしてもらう。決済時にICカードを読み取るためのスマートフォン端末を物資の移動販売トラック車に無償配布し、レジの端末代わりに使うことで支援物資の購入がいつでもスムーズに行える。

 支援の仕組みは、「UN Women」モザンビーク事務所と契約した「NEC XON」社が非接触型ICカードとスマホ端末を「UN Women」に提供し、「UN Women」がそれを活用して支援対象女性に購入してもらう支援物資を提供する、という形だ。
 

(C) B. Veja/UN Women 2022

 この支援サービスの最大のメリットは、国内避難民に“確実に”支援物資が届くこと。従来の紙などのアナログ管理での物資の支援では、政府や支援組織に支援物資を送った後、実際に避難民に届かない物資もあった。
 さらに、避難民自身がそれぞれに必要な物資を選んで購入できるため、「必要な物資を必要なだけ」という支援の目的にもより確実性が増す。
 支援物資は8品目。食料品が中心だが、今回の支援プロジェクトの特徴である「女性のために」という目的に沿って、支援が後回しになりがちな現地の女性が身につける腰巻き様の生地や、固形石鹸、生理用品が含まれている点も、従来の物資支援よりさらに意義深さを増していると言えよう。

IT未経験、ネット環境なしでも効果発揮
(C) B. Veja/UN Women 2022

 この「eバウチャー」による支援サービスが新興国、とりわけ紛争によって被害を受けた地域にとってより大きなメリットとなる点はまだある。
 こうした地域でITソリューションを展開していく上で最大のネックとなるのは、電力インフラやインターネット環境の未整備という点。もちろん、今回の支援サービスを展開するに際しても、懸念と苦労はあった。問題となったのは、ICカードを読み取るスマホの充電だ。
 だが、充電という課題も、電力インフラが整備されていない店舗ではなく、移動販売するトラックに配布することでクリア。さらに、ネット環境の課題についても、決済の際には通信の必要がないため、クリアできた。常時ネット通信を伴うような仕組みであれば、その設定や使い方などのトレーニングで、さらに困難さが伴ったに違いない。
 実際のトレーニングは、まずはスマホの仕組みと使い方の説明から始まった。新しいアプリの使い方を学ぶ上で口頭での説明や実演でのトレーニングは、互いに根気の必要な作業ではあったが、わかりやすいユーザーインターフェースで誰にでも使いやすいため、無事トレーニングを終えることができた。

トレーニングの様子

女性と女児は紛争の影響を不当に受けており、食料安全保障の確保や無償の家事労働の重荷を担っています。UN Womenの役割は、モザンビークにおける国内避難民の女性や女児への人道的対応です。日本の補正予算は、UN Womenと前線にいるパートナーたちが、女性特有のニーズによりよく対応できるようにするための支援として機能しています。NECは、モザンビーク北部で紛争の影響を受けている女性と女児という最も取り残された人々のために、テクノロジーを活用する支援をしてくれています。
―UN Women プログラムオフィス Boaventura Veja氏

これまでの実績や取り組み


 今回の支援プロジェクトがスムーズに実施できた背景には、これまでの活動による実績、成功体験の積み重ねがあった。その1つが、モザンビークでバイオ燃料事業を展開していた日本植物燃料株式会社(NBF)によるパイロットプロジェクトへNECが参画したことだった。
 狙いは、モザンビークの電力インフラが未整備の無電化地域における金融と情報のインフラ構築。つまり、電気が通っていない地域で、いかに安定した金融インフラを整備するか、というプロジェクトだ。
 それまで同国では、一部の地域で近隣国ケニアの携帯電話事業者による送金サービスが利用できてはいたが、その機能は限定的。多くの地域ではそもそも銀行もなく、いわゆるタンス預金として自宅に保管し、ATMやネットバンキングなどによる送金などもできないため、自分で相手先に現金を持っていくか、信頼できる家族などに託すことが日常なのだという。
 そうした状況下でいきなり金融インフラを整備することの難しさは想像に難くないが、IT技術が進化した現代だからこそ可能になったとも言える。すなわち、電力ケーブルがなくとも太陽光発電や蓄電技術、そして省電力で稼働可能なタブレットやスマホ、さらにネット環境がなくとも使用できる非接触型ICカードなどを活用することによって、送金や預け金(デポジット機能)、決済など、電子バウチャーの活用が実現したのである。同国民の8割を占めるという農村部の人々にとって、肥料や農産物の売買、取引が効率化したことは言うまでもない。

 こうした活動は、NECにとっては「持続可能な開発目標(SDGs)」に沿った「人道支援サプライチェーンの強化」という取り組みの一環でもあった。
 その取り組みが結実した事例として、アフリカ南西部のナミビア共和国での実績も紹介したい。
 同国では以前より、生活に困窮している農業従事者に補助金を給付していた。だが、紙ベースのバウチャーであったため、支給決定のためのリアルタイムデータ不足、受益者個々の情報、トレーサビリティなどの面で大きな課題を抱えていた。
 そこで導入したのが、NECの「eバウチャー」管理システムだった。NECはモザンビークにおいても、この管理システムを日本植物燃料株式会社経由で2015年から最大約2万4000人の農業従事者に提供しており、その有効性は実証済みだ。つまり、「適切な人に適切なタイミングで、なおかつ適切な額の補助金が効率的に支給される」「支援金の使途の透明性が高まり、支援機関や配給業者、受益者など関係者間でのマクロレベルの情報追跡が可能」「紙ベースバウチャーに比べて運用管理の労力が大幅削減」という顕著な効果が確認できていた。

(C)UNDP Namibia

 こうした様々な実績があってこその、今回の支援プロジェクト実施だったのだ。

さらに期待される今後の展開


 今回の支援プロジェクトは、モザンビークの紛争被害による避難民の中でも、その対象を女性に絞り、受益者人数は625人だった。そのすべてに非接触型ICカードを無償提供し、決済を行うためのスマホ端末を提供した移動販売トラックも3台に絞り込んだ。そうすることで事前のトレーニングも効率的かつ有効性を保ちつつ行え、実施による成果の確認も確実性が増した。
 実施の期間を2022年10月中旬から12月中旬と2カ月に絞ったことも、同様の狙いが含まれている。
 今後は、この対象人数、期間をどこまで広げていけるかに大きな可能性があり、期待が寄せられている。何より、モザンビーク政府はもとより、現地の避難民、女性たちからの期待は膨らむ一方であり、NECにとってもさらなるチャレンジの機会となることは間違いない。

プロジェクトチームのメンバー

 「チームによる素晴らしい準備とサポートのおかげで、トレーニングは事故もなく、スムーズに行われました。チームも学習者もトレーニングに対して非常に前向きで、プロジェクトを開始する意欲であふれていました」
―「NEC XON」Sietze Albertse(写真の後列右から2人目)

 「NEC XON では、国際機関のミッションを支援する技術やソリューションの展開を通じて社会的課題を解決し、最終的にはその受益者の生活を改善することを目指しています。とてもやりがいがあり、日々奮闘しています」
―「NEC XON」出向中のNECグローバル事業推進統括部 今仲保宏氏(写真の前列左)

UNDP Namibia
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