【12月21日 AFP】18日に行われたサッカーW杯カタール大会(2022 World Cup)決勝を観戦していたアフマド・サレムさんは、多くのサッカーファン以上に胸がいっぱいになった。優勝したアルゼンチンの主将リオネル・メッシ(Lionel Messi)の肩に、カタールの首長が黒と金の衣装をかけたからだ。

 トロフィーを掲げるメッシがまとっていたのは、2200ドル(約29万円)の「ビシュト」。ビシュトはアラブの男性が結婚式や卒業式などの公的な行事で着る伝統衣装で、しかもメッシが着たのは、サレムさんの一家が経営する会社で作ったものだった。 

 アルゼンチンがフランスに勝利するところを、サレムさんはドーハの市場にある一家の店近くのカフェで観戦した。タミム・ビン・ハマド・サーニ(Tamim bin Hamad al-Thani)首長がメッシにビシュトを着せた瞬間について、サレムさんは「誰のためのものか知らなかったから、驚いたよ」と話す。しかしそこで、自身の会社のタグに気づいた。

 店からは事前に、繊細な手作りのビシュト2着をW杯の関係者に渡していた。1着はメッシが着る小さめのもの、もう一着はフランスの主将で長身GKのウーゴ・ロリス(Hugo Lloris)が着るものだ。

 そして今、サレムさん自身もW杯での勝利を謳歌(おうか)している。長年カタールの王族にビシュトを納品してきたサレムさんの店だが、売れるのは通常1日に8着から10着だった。その数が決勝翌日の19日には150着に跳ね上がり、メッシが着て有名になった最高級品も3着売れたという。

 サレムさんは「店の外で10人以上が待っていたときもあった」と話し、「ほとんど全員がアルゼンチン人だった」と続けた。

 W杯の表彰式でビシュトを着せるのがふさわしかったのかについては、SNS上で議論になっており、欧州の人間を中心としたコメンテーターの中には、表彰式に臨むメッシのユニホームが隠れたとする批判者もいる。一方で、アラブ世界のSNSユーザーはこの瞬間を歓迎している。

 サレムさんとアラブのコメンテーターは、ビシュトを着せたのはメッシを「たたえる」ためで、誤解されていると話している。店に来たW杯関係者が「一番軽くて薄いものをほしがった」と明かしたサレムさんは、「今は冬だから驚いた。だからアルゼンチンのユニホームを隠すのではなく、見えるようにすることが目的だったように思える」と話している。

 ビシュトは1着作るのに1週間かかる。7段階の工程が必要で、それぞれ別の職人が腕と前部に編んだ金糸のラインを1本ずつ加えていく。メッシのビシュトの場合、金糸はドイツから取り寄せたもの、綿の生地は日本からの輸入品だ。(c)AFP