【12月16日 Xinhua News】中国四川省(Sichuan)成都市(Chengdu)の成都文物考古研究院は14日、同市旧市街地にある字庫街遺跡で出土した簡牘(かんどく、文字を記した竹札や木札)を公開した。これらは戦国時代の秦国~全国統一後の秦朝で使われた秦簡牘と呼ばれるもので、うち1枚には「成都」の文字が書かれていた。

 同遺跡の現場発掘責任者を務める唐彬(Tang Bin)氏によると、遺跡では同研究院が昨年の4月から12月に調査と発掘を実施し、竹製や木製の遺物が大量に出土した。文字が識別できるものは53点あり、ほかにも簡牘の破片と見られるものが212点見つかった。うち1点の簡牘では「成都」の2文字、他の1点では「西工師」などの文字が確認できた。軍功爵位の「公士」、車馬具の材料名や道具名「革」「軫(しん)」、数字と助数詞の組み合わせ「十二両」、財物換算用語の「二当一」、年代を示す「(卅)五年六月」「廿九年」などが書かれたものも見つかった。

 遺跡からは、ほかにも戦国、秦、漢の各時代に鋳造された青銅製武器の石範(石製鋳型)や陶範(陶製鋳型)、送風管、製錬残渣、炉壁などが大量に出土した。武器は三翼鏃(さんよくぞく)や三棱鏃(さんりょうぞく)などの矢じりが中心で、戈(か)や弩機(どき、弩の発射装置)、銅樽(青銅製の酒器)などの鋳型も少数見つかった。各時代の瓦当(がとう、軒丸瓦の先端部分)や土器・陶器も出土した。

 発掘プロジェクトを担当する同研究院勘探二部の易立(Yi Li)主任によると、主要遺物の年代は戦国時代末期から秦代で、石範や陶範、秦代の簡牘、陶印の型の出土は、付近にある製錬・鋳造所跡が秦代の蜀郡に設置された官営工房だったことを示している。「西工」は蜀郡の官営工房「西工室」を指し、「西工師」は西工房で職人を管理する役人の官職名を指す。

 同研究院の左志強(Zuo Zhiqiang)副研究員によると、今回見つかった秦簡牘は成都地区でこれまでに出土した簡牘の中で年代が最も古く、行政管理制度や職官、歴史地理の情報を含むことから、秦による蜀統治(戦国時代の紀元前316年に、秦は現在の四川省にあった古蜀国を滅ぼした)に関する史料の少なさをある程度補うことができる。古蜀の社会転換の重要な節目となる歴史的問題を掘り下げる上で高い史料価値を持ち、同時に書道芸術的価値と文化的価値を兼ね備える。秦の蜀郡(秦が古蜀を滅ぼした後に設置した郡)の「西工」製錬・鋳造遺構の発見も秦の武器製造技術などを研究する上で貴重な実物資料となり、秦が巴蜀を滅ぼした後の蜀統治に関する政治史を理解する上でも重要な意義を持つ。(c)Xinhua News/AFPBB News