パネリスト
牧野耕司 氏(JICA 緒方貞子平和開発研究所 副所長)
杉木明子 氏(慶應義塾大学法学部教授)
カミス・ボル・アヤク・アグアル 氏(JICA長期研修員/南スーダン出身)  

 
南スーダンの現状

牧野耕司氏(以下牧野) ディスカッションでは二つのテーマを設定したいと思います。まず、アフリカの人たちが困難で厳しい環境に置かれながらも、力強く生きているタフな様子について。二つ目に、「私たち国際社会が差し迫る脅威やリスクを克服し乗り越え、尊厳を持って生きられる社会をつくるには一体何ができるのだろうか」という話ができればと思っています。

トップバッターは南スーダン※1出身のカミスさん。アフリカで実際に脅威とかチャレンジ、良いことを含めて直面した当事者の立場から、紛争を体験したカミスさんからお話いただきたいと思います。

カミス・ボル・アヤク・アグアル氏(以下カミス) ご紹介いただきましてありがとうございます。私たちの国では、2013年12月から内戦が始まり、その後、和平協定も結ばれましたが、2016年にまた内戦が起きてしまいました。何百万人もの人が難民・国内避難民となっており、そのほとんどが女性や子どもです。

2016年の事件が起きた時に、ジュバの私が住んでいたところが荒らされ、略奪されて多くのものが盗まれてしまいました。多くの南スーダンの人たちは、ウガンダやケニアなどに避難しなければならなくなってしまいました。

南スーダンは大変多様性に富んだ国で、60以上の民族がいます。私は南スーダンにはできるだけのことをしたいと思い、さまざまな活動に参加しています。

新型コロナ禍のさなか、2020年に日本に来ました。できるだけ南スーダンの人たちにコロナから身を守るように話をしました。またメッセージを録音するなどして、南スーダンの人たちに注意喚起をしました。

※1 南スーダン: 2011年にスーダンから分離・独立。しかし、その後も武力衝突が起き、内戦が各地に広がる。国土全域で開発が進まず、社会サービスやインフラの不足が続く。

バス襲撃事件 ケニア

牧野 杉木先生からもお話を伺いたいと思います。脅威に直面しているアフリカの人々の実情についてお話いただけますでしょうか。

杉木明子氏(以下杉木) 幾つか事例があって、一つはケニアの北東部でバス襲撃事件が起きたケースです。越境して来たイスラム過激派アル・シャバーブのメンバーがバスの乗客に対し、イスラム教徒とキリスト教徒に分かれるように要求。イスラム教徒は解放するが、キリスト教徒には危害を加えるのが目的でした。乗客はイスラム教徒だとかキリスト教徒だと名乗ることを拒否して、アル・シャバーブの要求を退けたのですね。勇気を持って拒否したことで、アル・シャバーブのメンバーは住民の殺害を断念して逃走しました。

民族紛争や内戦は宗教が違うから、民族が違うから起きると言われていますけれども、一概にそうではない側面を示しているケースであり、また日々の生活の中に平和や紛争解決の種があることを示した事例なのではないかと思います。

アフリカの生活と工夫

牧野 杉木先生ありがとうございました。私からは、アフリカの普通の生活ということで少しお話したいと思います。

これはタンザニアの小学校です。この子たちは午前中だけ学校に来て、昼に帰る。別の子たちが同じ教室に午後から来る。なぜかというと、非常に子どもがたくさんいるので教室の数が足りないのです。

また、田舎に行くと水道がないところが多いので、平均的に1〜2キロくらい自分の家から水のあるところまでかかったりする。これを小さな子どもが頭に水を乗せて毎日のように運んでいます。その重さは平均20キロくらいと言われているのです。

日本人の農業専門家がエチオピアの畑に初めて行くと、なんと石だらけでした。専門家が石をどけると農民にどけるなと怒鳴られました。石をわざと置いて土を保湿して、干ばつに強い伝統的な農法を行っていたのです。弱い政府の機能を補完するチーフ(村長)が頑張っている国もありますし、今やドローンを活用している国もあります。

健康、オーナーシップ

参加者の皆さんから質問や意見が入っています。まず、カミスさんへの質問です。南スーダンでは、「人間の安全保障」の観点から教育以外でどのような分野への対応が重要だと思いますか?

カミス ご質問ありがとうございます。健康について話すことがとても重要だと思います。この問題は特に女性・子どもが直面するものですし、健康・衛生へのアクセスが難しい場合、特に問題となります。

牧野 それから杉木先生に、「国際社会が紛争に対していろんな支援をしているのは分かるが、その国のオーナーシップが重要ではないのか」という質問がありました。

杉木 はい。当然オーナーシップは重要なのですけども、その前提として誰が誰を代表しているのかということと、誰のための平和構築・紛争解決かということを考える必要がありまして、実際に国連の平和維持活動とか平和構築支援はアフリカであまり成果を収めていない。紛争の再発率が非常に高い状況なのです。

紛争の当事者が合意して解決しようとしない以上、いくらトップダウンで紛争をやめろと言うとか、部隊を派遣しても、根本的な解決にはならないというのはまさにその通りだと思います。

「人間の安全保障」の実現のために

牧野 次のテーマは、私たちが差し迫る脅威とかリスクを克服して乗り越えて尊厳を持って生きられる社会づくり、つまり「人間の安全保障」の実現のためには一体何が必要なのか。今度は杉木先生からお願いいたします。

杉木 この質問をいただいた時に「そんなの無いよ」と思いました。今は「人新世の時代」と言われるように、人間のさまざまな活動が地球の表面を覆い出して、複合的な危機が起きる時代であって、明確な答や全ての問題に対処できる万能の処方箋がない時代に入ったということが念頭にあったからです。

その中で可能な限りの予測や対応、もう一つは解決や対処方法を考えるのではなく、その対処方法を考えるためにどのようなコンセンサスをつくるのかを考えておくことが必要なのではないかと私は考えました。

カミス 私の観点から申し上げますと、やはり教育が非常に重要ですね。例えば南スーダンにおいては、多くの人が文字の読み書きができない。原因は、若い人が例えば動員され兵士になるために、教育を受けることができないからです。教育の優先順位を高くするということが、この問題の解決策になると考えます。

牧野 広島の教育システムは、南スーダンと比べてどんな印象でしょうか?

カミス 広島に来てから多くを学びました。例えば、調和を重んじるところ。協力するという姿勢に関しては生かしていきたいと思っています。原爆についてもよく学びました。広島に原爆が投下された際に、非常に難しい状況において協力・支援が行われたと聞いています。こうした調和を保って協力をしていくという経験を生かしていきたいと思います。

牧野 アフリカもユニークで、かつポテンシャルがあるという話をしたいと思います。WEF(世界経済フォーラム)が、「人々の将来をどう思っていますか?」という調査をやっていて、殆どの地域の人々は悲観的ですが、アフリカは非常にポジティブ。80%のビジネスリーダーが将来を楽観している。またモバイルユーザーやモバイルマネーが非常に増加しています。

 2020年からNINJA※2というプロジェクトをJICAは始めました。アフリカの社会起業家を支援しています。その中で、約20か国でビジネスコンテストをやって、ドローンや衛星を使った小規模農家の支援といったことができるような社会起業家を支援しています。

※2 NINJA:Project NINJA(Next Innovation with Japan)は、JICAの開発途上国におけるビジネス・イノベーション創出に向けた起業家支援活動として2020年に始動。 プロジェクトでは、定期的にアフリカ・スタートアップ・イベントを開催。

次に、長坂真護さんの例です。ガーナの首都の近くに、見渡す限り真っ黒な場所があって、そこで火をたいている。ここには世界中から電子廃棄物が来るのですが、それらを焼くことで、中に含まれる貴重な金属を取り出して売っています。だがマスクもしていないので、焼却の煙による健康被害でたくさんの人が死んでしまう。ここに来て大きなショックを感じた長坂さんはこの電子廃棄物を再利用し、アート作品にして制作・販売しました。そのお金で、スラムに無料の学校を設立。今考えているのは、2030年までに100億円規模のリサイクル工場を建てて、貧困削減や環境保全につなげていくそうです。私の好きな事例です。

電子廃棄物の墓場から、僕らは未来を描き出す|JICA MAGAZINE

「人間の安全保障」とSDGs

牧野 ここで皆さんから様々な質問が来ております。まず、SDGsと「人間の安全保障」についての質問です。これは私がお答えします。

SDGsは前向きに改善・改革することを求めています。ですが、時として、ウクライナでの侵攻や気候変動、コロナ禍などの下に押し付けるようなショックが起こる。これを下支えして元の軌道に戻していくということです。具体的には、例えばガーナという国では、どのような脅威や弱いところがあるのかを把握し、そこを強化して対応する。そんなことを世界的にやっていけばいいのではないでしょうか。それがSDGsのベースになる考え方だと思います。

女性教育と子ども支援

それから別の質問がきておりまして、教育と女性、女子教育の問題と宗教の問題。なかなか難しい問題だと思います。杉木先生はどのようにお考えでしょうか。

杉木 簡単な解決方法は見つからないのですが、私自身がこれまで見てきたケニア北東部のガリッサでは、トップダウンで教育をしろと言っても納得が得られない。そこで有効な方法の一つは、女子教育を受けるとこういうメリットがあるということを明確に示すことです。例えば宗教的に抵抗があると言っても、保健とか医療とかのメリットを示して納得してもらえるというケースがあります。

牧野 本日は紛争・暴力という話から始まって、もう少し間口を広げて議論をしてきました。「人間の安全保障」は、複合的な脅威に対応していくという話。当然複合的な問題に対しては、横断的なアクションが重要だと思いますがいかがでしょう。

カミス 女性教育の重要性について、補足します。女性が教育を受けた場合、かなりポテンシャルがあります。女性に教育をするということは、子どものヘルスケアにつながります。教育を受けた女性の方は、処方薬を受けることに積極的になりますし、医者のところに行く。子どものためにも医療を提供するということにつながります。

また、南スーダンにおいて多くのコミュニティーでは、子どもが牛の面倒を見て、女の子は家にいて家事を手伝うという考え方が続いていた。もしそういった子どもが教育を受けることができれば、社会の進展に貢献することにつながると思います。若い人々に教育を通じて力を与えていくということが南スーダンにおいては重要です。

杉木 子ども兵士とか元テロリストだった人たちとのインタビューをしながら思ったのですが、その人たちが紛争の加害者になった要因は、将来に希望が持てないことでした。根本的には将来に希望が持てる社会をつくっていくことが、「人間の安全保障」につながっていくのです。そのためには自らが社会に加わって参加できるような仕組みを構造的につくっていくことが重要だと思います。

デジタルとアフリカ

牧野 いろんな脅威のうちのひとつとしてデジタル問題があります。AIやドローンによる兵器という脅威がある。しかし、DXをうまく使ったリープフロッグ※3もある。こういった事例とアフリカの開発・発展をどのように考えれば良いのかという質問が寄せられています。

これは本当に重要な話です。デジタルは両極面を持っていて、「人間の安全保障」の達成のためには両面に適切に対応すべきです。

アフリカはどんどんデジタルが使えるようになっているけれどもやはり、世界全体から見るとインターネットにアクセスするパーセンテージはすごく低い。これはある意味、人権の問題です。新たな人権の問題だというふうにしっかりとらえる必要があると考えます。

「人間の安全保障」の視点からは、サイバーアタックとかアクセスの問題にもしっかりとアドレスしなければいけない。他方、「人間の安全保障」を達成するためにIT技術を変革のためにうまく使うということも不可欠。この双方を見なければいけないというのが今のアフリカの課題です。

※3 リープフロッグ:インフラが未整備な地域が、最先端技術を導入することにより先進国よりも速いスピードで発展すること。

今、私たちにできること

杉木 本日はご参加、ありがとうございました。今回の参加者は、国際協力やアフリカの問題に関心がある方や、できれば自分も何かやってみたいというようなことを考えている方も多いのではないかと思います。 アフリカに限らず、今世界が直面している問題というのはたくさんあり、それをすべて一気に解決できることは残念ながらないと思います。ただ、実際に広く見てみると、身近にできることもたくさんあると思います。

アフリカに行かなければ国際協力ができない、JICAにいなければ国際協力ができないのではないか。そういうわけではありません。できることは自分が思うよりもたくさんあるのではないかと思います。今、3歩進んででもまた2歩くらい後退しているような時代になってきているかもしれませんが、歩みは続いているので、ぜひその歩みを一緒に続けていきたいと思います。

カミス 今日はこのような機会を提供していただきありがとうございました。私の方からは、「自分が国のために何をできるかを考えるべきだ。国が自分に対して何をしてくれるかというよりも」というJ・Fケネディ(元米大統領)の言葉をお伝えします。「自分が社会・コミュニティーに何ができるのか、どのように貢献できるのか、いかに世界を良くできるのか」。日本においてもどこにいても、それが私たちの努めるべきことだと思います。

牧野 きょう、私たちは「人間の安全保障」について議論をしてきました。ぜひ皆さんにお願いしたいのは、皆さんにとっての「人間の安全保障」というのは一体何なのか、また、人間の安全保障に貢献する、あるいは実現するということで、一体自分に何ができるのかということをお考えになっていただけたら非常にうれしく思います。ぜひ一緒に引き続き考えていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 
カミス・ボル・アヤク・アグアル 氏
[JICA長期研修員/SDGsグローバルリーダー・コース/南スーダン]

南スーダン出身。大学教員、ジャーナリスト、翻訳家等の肩書を持つ。来日前は、情報・放送省に所属。またジュバ大学コミュニケーション学部で講師を務め、ジャーナリズムに関するトレーニング等を担当。各国が抱えるSDGsの政策課題の解決に向け、政策決定に深く関わるトップリーダーを養成することを目的とした「SDGs グローバルリーダー・コース」により JICA が受け入れ。2020年10月に来日し、JICA 長期研修員として広島大学国際協力研究科の国際平和共生プログラムで学ぶ。