【7月23日 AFP】ウクライナ人のリュボフ・マリッチさん(44)が、セルビア人の夫との結婚に終止符を打つ決め手になったのはロシアのプロパガンダだ。

 12年間連れ添ったマリッチさん夫婦には以前から隙間風が吹いていたが、今年2月にロシアがウクライナを侵攻して以来、夫はロシアのプロパガンダをうのみにするようになった。ウクライナの民族音楽は「ナチズム信奉者」のものだと言い始め、息子に聴くことを禁じた。

「夫はロシア人以外のすべての人を非難し始めました」とマリッチさんはAFPに語った。

 程なくしてマリッチさんは荷物をまとめ、戦禍に見舞われているウクライナに帰国した。

 セルビアは北大西洋条約機構(NATO)への嫌悪と反米感情が強く、ロシア政府のプロパガンダを受け入れる国民も少なくない。

 ほとんどの欧州諸国がロシアメディアを規制する中、セルビアでは多くの場合、国営メディアもロシア政府の主張を垂れ流しにしている。

「真実はその間のどこかにあると思うのですが、誰もそれを伝えようとしません。だからロシアと西側両方のメディアを追い掛け、行間を読むようにしています」と、グラフィックデザイナーのダリオ・アシモビッチさん(27)は言う。「彼ら(西側)はロシアメディアを遮断しているので、他方の意見を聞かない。結果として人々は、疑心暗鬼を抱くようになるのです」

■プーチン氏の「神格化」

 セルビアのメディアはアレクサンダル・ブチッチ(Aleksandar Vucic)政権の見解に従うことを強いられ、わずかに残る独立系メディアも常に当局に圧力をかけられている。

 ウクライナ侵攻開始前、セルビアの大手タブロイド紙「インフォーマー(Informer)」は、ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領を称賛する記事を数多く掲載。侵攻2日前には「ウクライナがロシアを攻撃」と報じた。

「セルビアの親政府系のプロパガンダ機関は、プーチン氏を個人崇拝する空気をつくり出している。ブチッチ氏に対するものの比ではない」とノビサド大学(University of Novi Sad)のディンコ・グルホニッチ(Dinko Gruhonjic)准教授(ジャーナリズム)は指摘する。「プーチン氏は、まさに神格化されている」

 セルビアの首都ベオグラードを拠点とする、民主主義の推進団体「Crta」による最新の世論調査では、セルビア国民の約67%がロシアに「シンパシー」を感じていると答え、75%は「NATOが拡大を目指したせいで」ロシアは戦争に追い込まれたと回答。セルビアは長年、欧州連合(EU)加盟を目標としてきたが、代わりにロシアと同盟を結ぶべきだと答えた割合は40%に上った。

 この調査報告書をまとめた研究者のブヨ・イリッチ(Vujo Ilic)氏は「政府寄りのメディアは明らかにロシアに肯定的で、EUには中立的、ウクライナには否定的だ」と説明する。「EUに頼らなくても、ロシアという選択肢があれば、セルビアはやっていけるとの論調を有権者に示している」