【6月30日 AFP】ロシアの首都モスクワ北部に版画工房を構えるセルゲイ・ベソフ(Sergei Besov)氏(45)は、ウクライナ侵攻の前から、急成長するロシア・アートシーンの一翼を担っていた。

 キリル文字の重い木活字と古めかしい赤インク、それに旧式の印刷機を使って制作されるレトロなポスターには、旧ソ連のスローガン風にさまざまなメッセージが書かれている。

 2月末のウクライナ侵攻開始から3か月以上がたった今、ポスター工房「パルチザンプレス(Partisan Press)」のメッセージは、単なる機知に富んだ標語にとどまらない。

 侵攻初期に印刷を開始した「戦争反対」のポスターはすぐさま話題となり、制作風景を撮影した動画はインスタグラム(Instagram)で再生3600万回を超えた。

 だが、ロシア政府が厳格な新検閲法を導入したのを受け、ベソフ氏は「戦争反対」のポスター制作を止めた。新法の下では、ウクライナ侵攻を「戦争」と呼ぶことは違法とされ、ロシア軍を中傷したとの判断で実刑が科される恐れもあるのだ。

 代わってベソフ氏が制作を始めたのは、「みんなに平和が必要」と書かれたポスターだった。だが3月初めに警察が工房に現れ、従業員の女性2人を拘束した。今もまだ起訴・不起訴の処分が決まっていない。

 その後、ポスターのスローガンはストレートなメッセージを伝えなくなり、「漠然」としたものになった。

 例えば、「認知的不協和」とだけ書かれたポスターもその一つだ。ベソフ氏は、モスクワでは多くの人々が普通の生活を送っている一方で、「私たちの友人が(ウクライナで)苦難にある」ことを意味していると話す。

「さらに悪いことに、私たちは誰もがそれに慣れつつあることを分かっているのです」

「今、作っているポスターは、私たちの身に何が起きているかを語っています。恐怖について語っています。工房再開後、最初に印刷したポスター(のスローガン)は『恐れは行動しない理由にならない』でした」

 映像は1日撮影。(c)AFP/Andrea PALASCIANO