【7月4日 AFP】イラク中部ナジャフ(Najaf)で、ショベルカーが大きな音を立てて土を掘り起こす。新たな集団埋葬地の調査が開始された。法医学の専門家が、土の中から出て来た人骨を調べるという陰惨な任務に取り掛かる。

 頭蓋骨や脛骨(けいこつ)が遺体袋に入れられる。骨は全てDNA鑑定に回され、行方不明者の親族が提供した血液サンプルと照合される。

 40年以上にわたり戦争や騒乱が続いたイラクには、こうした集団埋葬地が多数存在する。

 独裁者サダム・フセイン(Saddam Hussein)大統領(当時)は1980~88年にイラン・イラク戦争を行った。91年にはクウェートに侵攻し湾岸戦争(Gulf War)を引き起こし、2003年には米主導の有志連合がイラクに侵攻した。激しい宗派対立が長年続き、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」により一部地域が制圧されたこともあった。

 赤十字国際委員会(International Committee of the Red Cross)によると、長年の動乱のため、イラクは世界で最も行方不明者の多い国の一つとなっている。

 ナジャフの集団埋葬地は、広さ1500平方メートル。不動産開発企業が土地の整備を始めた際に偶然発見されたもので、5月に遺体の掘り起こしが始まった。1991年に起きたフセイン大統領に対する蜂起の犠牲者約100人が埋められている。

 インティサール・モハメド(Intissar Mohammed)さんは、血液サンプルを提供するよう呼び出された。当局は、インティサールさんの兄弟ハミドさんの遺体が埋葬されているとみている。

 ハミドさんは、フセイン政権下の1980年に行方不明になった。

 インティサールさんら家族は隣国シリアに移っていたが、ハミドさんは学業のためイラクに残っており、後で家族に合流することになっていた。

 ハミドさんは拉致されたとされている。「私たちはずっと待っていたのに永遠に来なかった」「二度と声を聞くことはなかった」とインティサールさんは涙ながらに語った。

 インティサールさんは2011年、帰国した。