■1993年:ノボトナの涙

 チェコのヤナ・ノボトナ(Jana Novotna)は、シュティフィ・グラフ(Steffi Graf、ドイツ)との女子シングルス決勝で最終セット4-1とリードし、タイトルに手をかけていたが、そこから5ゲーム連取されて優勝を逃した。表彰式ではケント侯爵夫人(Duchess of Kent)の肩に顔をうずめて涙した。

 その後1997年の決勝でもマルチナ・ヒンギス(Martina Hingis、スイス)に敗れたノボトナだったが、翌1998年には決勝でナタリー・トージア(Nathalie Tauziat、フランス)を破って悲願の優勝を果たした。

■1990年:ナブラチロワ9度目の優勝

 米国のマルチナ・ナブラチロワ(Martina Navratilova)は、女子シングルス決勝でジーナ・ガリソン(Zina Garrison、米国)を6-4、6-1で下し、9度目のウィンブルドン制覇を果たしたが、これが自身18度目にして最後の四大大会(グランドスラム)優勝となった。

 ウィンブルドンの女子シングルス優勝9回は、1920年代から30年代にかけて8度大会を制したヘレン・ウィルス・ムーディ(Helen Wills Moody、米国)を抜き、歴代単独最多となった。

■1980年:ボルグとマッケンローの激闘

 1980年のビョルン・ボルグ(Bjorn Borg、スウェーデン)対マッケンローの決勝は、大会史に残る熱戦となった。

 3時間53分に及んだ一戦は、ボルグが1-6、7-5、6-3、6-7(16-18)、8-6で制し、大会5連覇を達成した。

 中でも象徴的だったのは第4セットで、マッケンローは計7本のチャンピオンシップポイントをセーブ。うち5本を計34ポイント続いた20分にわたるタイブレークでしのいだ。

■1957年:歴史をつくったギブソン

 1956年に全仏オープン(French Open)で優勝したアリシア・ギブソン(Althea Gibson、米国)は、その翌年のウィンブルドン決勝で同胞ダーリーン・ハード(Darlene Hard)を6-3、6-2で下し、女子黒人選手として大会初制覇を遂げた。

 エリザベス女王(Queen Elizabeth II)からトロフィーを授与されたギブソンは「バスの有色人種用の席に座ることを強制されていたところから英国女王と握手するまで長い道のりだった」というコメントを残した。

■1940年:空襲

 10月11日、500ポンド(約227キロ)の爆弾が投下されてセンターコートの一部が被害を受けた。これによりスタジアムの約1200席が破壊された。(c)AFP