いまや政府ばかりか民間企業、金融機関にも対応が求められている気候変動リスク。その必要に応えるべく、商工組合中央金庫(以下、商工中金)では、すでに「環境への配慮」「人権の尊重」「中小企業のガバナンス向上」などを独自に定めた「サステナビリティ基本規程」に基づき、取引先である中小企業、さらにはステークホルダーと一体になって事業活動に臨むことで持続可能な社会の実現に貢献していこうという取り組みが始まっている。
 取り組みの詳細については、「気候変動リスクに対応したサステナブル経営支援を―商工中金独自の『SPEEDの視点』とは」で紹介した。
 その具体的なケースとして、商工中金浜松支店の取り組みに注目する。
 日本で有数の自動車産業都市である静岡県浜松市。その地域の特性ゆえ、カーボンニュートラルの潮流による自動車業界の変革の波は、同市に拠点を置く自動車部品メーカーを直撃する形で多大な影響を及ぼしている。浜松支店では、取引先であるそうした中小企業に寄り添い、伴走しつつサポートしていくための「イネーブラー事業」に取り組んでいる。

「イネーブラー事業」の意義

 
「そもそもは、当金庫の中期経営計画の重点分野として、従来のような単に融資をさせていただくということだけではなく、事業活動の中身に踏み込んだ伴走支援をする取り組みを始めようということから議論がスタートしたのです」
 そう語るのは、商工中金ソリューション事業部主任調査役の中嶌宏明さんだ。
「旧来型の金融慣行にとらわれたままですと、たとえば破綻歴があるとそれが記録に残って事業再生しようにも融資を受けられない、といった制約が出てしまう。そうした慣行を打破し、なんとかもっとお客さまに寄り添う形でのサポートができないかと考えました。そのためにはどうすべきか。お客さまとのこれまで以上に踏み込んだ対話により相互理解を深めていくことで、悩みや課題を共有し、ただ金融商品を紹介するというだけでない、伴走しつつ個々の特性、強みを引き出し、金融に加えた課題解決のための本業支援につなげていこうという取り組みなのです」


 それが、中期経営計画の柱の1つとして据えた商工中金のブランディング事業でもある「イネーブラー事業」だ。
 イネーブルの語源は「不可能を可能にする」。つまりイネーブラー事業とは、中小企業にとっての不可能を可能にするための伴走者であろう、という商工中金の「覚悟」を込めた取り組みだという。
 その最重要テーマの一つとして掲げたのが、EV化の大変革に直面している自動車業界へのサポートだ。ただし、EV化のみを次世代自動車へのトランジション戦略と捉えず、各完成車メーカーの戦略に応じて柔軟なステップを踏み、部品メーカーごとのきめ細かいサポートをすることが肝要だと考えている。
 

浜松支店の特性

 
 とはいえ、EV化の流れが部品メーカーの経営環境変化に直結していることは事実だ。その現状にいち早く対応しなければならない特性が、浜松支店にはあった。同支店営業第三課営業主任の中山慎也さんがこう説明する。
「浜松支店には約1000社のお客さまがおられ、その約7割が製造業、なかでも金属加工メーカーさんが多いのですが、そのほとんどが自動車部品向けなのです。そうしたメーカーさんの多くは、EV化の流れによって、生産量の減少から受注減になるだろうという不安を抱えておられます。その売り上げ減をどうやってカバーしていけばよいのか。コストを切り詰めていけばよいのか、あるいは何かほかの分野にシフトしていかねばならないのか。そういった漠然とした不安を感じているという声をよく聞きます。加えて、情報不足という悩みもあります。EV化の流れ自体はわかっていても、では完成車メーカーさんがいつ、どういう舵を切っていくのか、それによって受注がどのくらい減ってしまうのかといった具体的な動向の情報がつかめないという危機感を強く持っておられます。いつどうなる、という情報がつかめれば早目に対処できるけれど、それがわからないから対処の方策も立てにくいという不安ですね」
 すでに完成車メーカー各社ともEV車のラインナップを整えつつあるが、中小の部品メーカーには、実際に受注減による売り上げ減という現象が起きているのだろうか。
「現時点での影響は、むしろ世界的な半導体不足による完成車の製造ペース減少、という面が大きいと思います。」
 だが、完成車メーカーがモデルチェンジや新車開発などで必要となる金型の依頼、試作品の発注などの面では動きが鈍くなっている印象があるという。だからこそ、ここ浜松支店では、そうした悩みを抱える中小企業に寄り添うイネーブラー事業が必須課題となるのだ。


 
独自の「強みペーパー」で課題を把握

 
 そこでまず浜松支店で取り組んだのが、徹底した社内での議論だった。
「お客さまに新たな受注を掘り起こしましょう、こうした会社とのビジネスマッチングがありますよ、といったご提案をさせていただくにあたって、まずはわたしども自身が、お客さまの事業の具体的内容だけではなく、どういった技術をお持ちなのか、アピールできる強みは何かを知っておく必要があるのではないか、という議論から始まりました。また、逆にお客さまご自身も、長年培われた技術で高品質の製品をつくり続けてこられたわけですが、そういう技術や強みなどが社内で明文化されているわけでもなく、もっというとご自身方も認識をされていない面もあるのではないか、という意見も出ました。そこで、まずはお客さまに聞き取りをし、対話を繰り返していくことでわたしどもも勉強し、そしてお客さまご自身にも自社の強みを再認識していく取り組みが必要なのではと考えるに至ったのです」
 取引先へのヒアリング、対話によって「寄り添う」という意識をお互いに強め、より正確な実情把握につなげるとともに、一体となって「他にない独自の強み」を確認し合っていく取り組み、というわけだ。
 では、実際にどういうヒアリングを行っているのか。現場の第一線で取引先と向き合っている同支店営業第二課の谷村亮介さんが語る。
「もちろん、いきなりお客さまに対して『御社の強みは何ですか?』といった聞き方をしてしまうと、お客さまはびっくりされてしまいますよね。ですので、浜松支店が独自に作成したヒアリングのためのフローチャートを用いて、できるだけ細かくお話をお聞きしていくように努めています」


 たとえば、受注の形態についても細分化し、仮に設計に強みがあるのであれば、もともとその部門の人材に強みがあるのか、あるいはとりわけ設計開発部門全体に力を入れているからなのか、人材の育成という面で環境が整えられているからなのか。
 あるいは、設計というより加工の精度に強みがあるのであれば、その分野では他社がまねできない独自の技術があるからなのか、加工のスピードがすごいのか、価格の面で他社と比較して優位性があるからなのか、など細部にわたってヒアリングすることで、中小企業自身もそれまで意識していなかった自社の本当の「強み」に気づき、再認識できるのだという。

 

「このフローチャートを活用することで、お客さまとひとつひとつ細かい点まで確認し合えて、一体感も生まれ、お互いに認識が強まっていくという利点もあります」
 その結果を支店に持ち帰り、社内で議論を重ねるうちに、それまでにはなかった新たなビジネスマッチングに結びつけられたケースもあったという。
「ある自動車部品メーカーの社長さんが、本業ではなく趣味としてキャンプ用品を作っておられるという話もお聞きできて、それを支店の議論の場で報告したのです。すると、ならば商工中金の全国ネットワークを駆使して他県でビジネスをしているキャンプ用品メーカーさんとのビジネスマッチングもできるのではないかというアイデアが出てきました。そして実際に他の支店を通じてビジネスマッチングに成功し、本業の自動車部品の受注が減少していく中で、新たにキャンプ用品の製造受注につなげられたのです」
 これもヒアリングの過程でいかに細かく聞き取り、対話ができるかにかかっている。そのためには、従来のような経営者や財務部門責任者だけではなく、製造現場の責任者、あるいはそれぞれの技術者にもヒアリングし、製造ラインなども見学することが重要なのだという。
「小さい会社さんであっても、必ずしも経営者の方が自社の技術の細かい点まで把握しておられるわけではない、というケースもありますからね。同時に、わたしども自身も、技術者の方々にお話をお聞きできると技術そのものについても勉強できますし、結果としていろいろなご提案ができるようになると思います。もちろん、技術についてはわたしたちは素人ですから、事前に勉強しておく必要もありますし、それなりに大変ではあるのですが」
 そういって苦笑するのは、同支店営業第三課の竹上皐月さん。せっかく技術のプロから話を聞けても、その内容が理解できなければ意味はないだけに、事前勉強の重要さとその苦労はもっともだろう。
 こうした対話、社内での議論を積み重ねたうえで、結果を支店独自の「強みペーパー」に落とし込み、「見える化」することで支援をより具体化していけるのだ。

広がる展開の可能性


 自動車産業の街ともいえる浜松市では、地元の製造企業支援のための公益財団法人浜松地域イノベーション推進機構内に、「次世代自動車センター」も設立されている。同センターには自動車部品などの技術者も多く在籍しており、自動車部品メーカーとしての悩み相談や経営支援、ビジネスマッチングなども行っている。そのため、商工中金浜松支店としても同センターと協力しあうことで、よりきめの細かい支援に結びつけられることも多い。
 もちろん、こうした取り組みは浜松支店だけでなし得るものではない。前述したビジネスマッチングのケースにしても、本部はもちろん、全国の支店のネットワークがあってこそだ。だからこそ、支店内他部署との議論はもちろん、本部も含めた全国の支店との連携は重要だ。

「お客さまと未来について語り合い、それぞれが抱える課題を可視化し、共有することではじめて『SPEEDの視点』によるサステナブルな経営支援につなげられると思うのです。また、中小企業である会社さまによっては、将来的な事業継承に対する悩みもあります。そうした面でのご支援、ソリューションのご提供ということも、浜松支店だけではなく商工中金全体として取り組んでいく。それこそが、不可能を可能にする伴走者としてのイネーブラー事業だと考えています」(竹上さん)
 目指すところは「共感から始まるカーボンニュートラル」の実現、そして「企業の未来を支えていく。日本を変化につよくする」。 商工中金浜松支店の取り組みは今後もその先端を進んでいく。