【4月15日 AFP】自身の車いすを膝の上に乗せ、ウクライナのパラパワーリフティング世界女王ライサ・トポルコワ(Raisa Toporkova)は、ロシア占領下のエネルホダル(Enerhodar)を夫や友人と一緒に脱出した。

 皆家をなくしたが、ユーモアのセンスはなくさなかった。安全を求め、トポルコワと危険な道のりを旅したエフヘニー・ラジコフ(Yevhenii Razikov)さんは「ロシア軍に追われていたとしても、こちらには少なくとも身を守るつえはある」と冗談を飛ばす。

 障害がある友人たちと1台の車に乗り込んだトポルコワは、いくつもの検問所を12時間かけてくぐり抜け、欧州最大の原子力発電所がある南東部のエネルホダルを脱出した。

 南東部ザポリージャ(Zaporizhzhia)でAFPのインタビューに応じたトポルコワは、「何かが起こっていたとしても、車から出るのは不可能だった」と話し、「膝の上には車いすがあったし、歩くのにつえが必要な人も2人いた」と続けた。

 2月24日にロシアによる侵攻が始まって以来、1000万人以上のウクライナ国民が避難したが、脱出は長く困難な道のりになることも多く、障害のある人たちにとってはほぼ不可能だった。

 筋骨格系の成長障害によって、人生のほぼすべてを車いすで過ごしてきたトポルコワは、ロシアに占領されてから1か月で、エネルホダルの状況は急速に悪化していったと話す。外にはほとんど出られず、平屋の自宅には地下室もないため、度重なる爆発から身を守るのも難しかった。原子力発電所をめぐる攻防の激化で、致命的な放射能漏れが起こる可能性もあった。

 脱出の道が閉ざされるかもしれないと不安になったトポルコワは、同じく障害がある夫と3月28日にエネルホダルを抜け出した。そこにラジコフさんと匿名希望の妻という、脳性まひのある夫婦も加わった。

■「ひっきりなしに砲撃」

 トポルコワは「膝の上に車いすがある状態で、周囲はひっきりなしに砲撃されていた。ここで殺されるんじゃないかとみんな怖くなったし、検問に近づくと爆発音はさらに大きくなった」と言う。

 郊外でマイクロバスが故障したときには、脱出のチャンスは絶たれたかに思われたが、赤十字(Red Cross)のボランティアの助けで何とか別の車に乗り移れた。ところが支援団体からは、移動がままならないため、多くの人は逃げ出すことも、避難場所を見つけることもできないと言われたという。

 結局、100台以上も並んだ車のうち、抜け出せたのは1台か2台だった。検問という難所もあったため、普段なら2時間で行ける距離に12時間を要した。ラジコフさんは「三つの結末があり得た。一つが砲弾を浴びること、もう一つが渋滞にはまって救出不可能になること、そしてもう一つが脱出に成功することで、幸運にもそれが現実になった」と話した。

 トポルコワは19年前にパワーリフティングを始め、2度の世界チャンピオンに輝き、昨年夏の東京パラリンピックでは5位に入った。

 しかし、2月下旬に侵攻が始まってからはトレーニングができず、ジムは閉鎖され、仕事も生計を立てる手段も失うことに直面した。以前は2時間の練習を週に3回行っていた。

「練習できないのが1週間ならまだいいが、2週間だとひどいことになる。それまで100キロを挙げられていたとすれば、それだけ空くと80キロしか挙がらなくなる」

「練習できなければ結果も出なくなるし、そうなれば国際大会にも招待されなくなる」

 現在のトポルコワは、ジムへ戻れることを期待して、西部のリビウ(Lviv)に向かった。トポルコワは「トレーニング再開が待ちきれない」と話している。(c)AFP/Liz COOKMAN