【11月14日 AFPBB News】「無観客だったので響いたんですよね。レース映像にも声まで入っていたので、やりすぎたかな」──。東京パラリンピック大会で5個のメダルを獲得した鈴木孝幸(Takayuki Suzuki)選手(34)ははにかみながら、ゴール後、叫び声を上げたことを振り返った。

 熱くなったのも無理はない。男子100メートル自由形(運動機能障害S4)で大接戦の末、13年ぶりに金メダルを獲得したのだ。しかもパラリンピック記録だった。

 鈴木選手はこの金メダルの他、200メートル自由形(S4)と50メートル自由形(S4)で銀メダル、50メートル平泳ぎ(SB3)と150メートル個人メドレー(SM4)で銅メダルを獲得した。出場5種目すべてでメダル獲得の快挙を成し遂げ、紫綬褒章を受章した。

 先天性の四肢欠損。右腕は肘まで、左手は指が3本、右脚は大腿(だいたい)部から、左脚は膝から下がない。小学生で水泳を習い始め、高校で本格的に競泳に取り組んだ。パラリンピックは2004年のアテネ大会から出場しているベテランだ。

 9月には国際パラリンピック委員会(IPC)の選手委員に選ばれた。任期は2024年のパリ大会まで。アジア圏のパラスポーツの発展に貢献したいという思いから、立候補を決めた。日本人初となる選出は「光栄なこと」だと、所属先のゴールドウイン(GOLDWIN)本社でAFPBB Newsに語った。

■メダルも多彩、趣味も多彩

 プールの外では多趣味な一面も。現在の趣味は楽器演奏、将棋、読書、映画鑑賞。新しいことを始める原動力は常に好奇心だ。

 楽器演奏のきっかけは、小学生の頃にさかのぼる。3本指のプロのホルン奏者が載っていた新聞の切り抜きを手に、吹奏楽部の顧問に「僕でも楽器を吹けますか?」と尋ねた。それから練習を始め、吹けるようになった。

 プール練習ができなくなった緊急事態宣言下では、指1本でコードが弾ける楽器「一五一会」を習得した。ペットボトルの上部とサポーターを用い、右手でピックを持てるように工夫している。

 コード譜は手書きで、20曲以上弾けるようになった。J-POPから洋楽まで幅広いジャンルの曲を聴くが、東京パラでは選手村からプールへの移動中、矢沢永吉(Eikichi Yazawa)さんの『止まらないHa~Ha』を聴いていた。

 将棋は5年前から指し始めた。毎朝オンラインで「食後の一局」を設けているが、一局では済まない時もある。「負けたらもう一局とかなる時があります」と、勝ちにこだわる。

 将棋のどこが楽しいか聞くと、「勝つ時」と即答した。

 競泳選手にも同好の士が増え、「トビウオパラジャパン将棋部」と称している。東京パラでも競技が始まる前は、選手村の同室メンバーと息抜きで将棋を指していた。「負けず嫌いなところはありますね」と鈴木選手。「将棋部員」に大人げないと言われることもあると笑った。

 棋士の藤井猛(Takeshi Fujii)九段が扇子に揮毫(きごう)する「涓滴(けんてき)」は好きな言葉だ。水のしずくでも絶えず落ちていると岩に穴を開けるように、わずかな力でも努力を積めば実を結ぶという意味だ。水泳にもつながると考えている。