【10月14日 Xinhua News】中国湖南省(Hunan)常徳市(Changde)澧(れい)県の大部分を占める澧陽平原。その北東部の村落に、1978年に発見された新石器時代の都市遺跡「鶏叫(けいきょう)城遺跡」がある。

 同遺跡では今年、大型の木造建築遺構が出土した。規模の大きさ、保存状態の良さは国内でもまれに見るものだという。

 周囲より2~4メートル高い丘の上の発掘現場では、各時代の地層がはっきりと確認できた。断面にはそれぞれの年代と特徴を示す数字や記号が張られており、地面には建築物の土台や保存状態の良い木造基礎がはっきりと残っていた。それは、新石器時代の建築物への人々の理解をさらに深める重要なパズルのピースのようにも見えた。

「F63」と名付けられた建築遺構は、前後に入り口のある4間間口構造で、南側と西側に回廊を持つ。柱にはタブノキやクスノキを用いていた。年代測定により木材が紀元前2800~2700年のものであることも判明した。今回の発見により、約4800年前に同遺跡で暮らしていた人々が木造建築に住んでいたことが分かった。

 発掘エリアの西側では、分布面積約80平方メートル、平均厚さ15センチの穀物殻の堆積層が見つかり、顕微鏡観察の結果、純粋なもみ殻の破片だと判明した。他にも炭化したブドウやキウイフルーツ、シソなどの種が発見された。

 今回の発掘の執行リーダーを務める范憲軍(Fan Xianjun)氏は穀物殻の堆積層について「採取した二つのサンプルを基に単位体積当たりの密度と現代の水稲加工の調査結果を組み合わせ、80平方メートルの穀物殻が元は約2万2千キロ分の籾米(もみごめ)だったと算出した」と語った。

 発掘現場では土器の破片が大量に見つかり、陶罐(とうかん)、陶盤、杯、鼎(てい)などの器物約300点が復元された。

 鶏叫城遺跡は、湖南省文物考古研究所が1998年から断続的に調査や測量、試掘を続けていた。今回の発見は、長江流域の先史文明の解明を進める上での糸口となるが、同時により細かな問題をもたらした。「F63建築の用途は?」「木材はどこから来たのか?」「木材加工の道具は?」。発掘現場に各地の考古専門家を招いて開いた成果説明会では多くの疑問が出され、今後の発掘プランが提示された。(c)Xinhua News/AFPBB News