【9月27日 AFP】アフリカ・ルワンダで1994年に80万人が犠牲となった民族虐殺で、引き金となった大統領機撃墜事件を首謀したとしてジェノサイド(大量虐殺)、人道に対する罪、戦争犯罪で有罪となり服役していた元ルワンダ軍大佐のテオネスト・バゴソラ(Theoneste Bagosora)受刑者が25日、収監先のマリで死去した。80歳だった。

 バゴソラ受刑者の息子が、25日にフェイスブック(Facebook)に「パパ、安らかに」と投稿。国際刑事裁判所メカニズム(MICT)のアブバカル・タンバドウ(Abubacarr Tambadou)氏も26日、「きのうの昼前にマリの病院で死去した」と発表した。

「黙示録の大佐(Colonel of the Apocalypse)」の異名をとったバゴソラ受刑者は、2008年に終身刑の判決を受けたが上訴。2011年に禁錮35年に減刑された。

 少数派ツチ(Tutsi)人が主に標的とされた大虐殺が始まった1994年4月、バゴソラ受刑者はルワンダ軍では国防相に次ぐ高官だった。当時、国防相は公務で国外におり、虐殺初期の4月6~9日はバゴソラ受刑者が事実上の軍トップだった。

 当時のジュベナール・ハビャリマナ(Juvenal Habyarimana)大統領とは出身地が同じこともあり親しかったが、報道によれば将官への昇進を見送られ、それを恨みに思っていたという。

 ハビャリマナ大統領は1994年4月6日、ブルンジのシプリアン・ヌタリャミラ(Cyprien Ntaryamira)大統領、ルワンダ軍参謀総長と同乗していた専用機が首都キガリに着陸する寸前に撃墜され、死亡した。両大統領がフツ(Hutus)人だったことから、ツチ人の反政府勢力による犯行だと非難する声が広がり、大虐殺に発展した。

 フランス軍情報機関は、バゴソラ受刑者が大統領暗殺の首謀者の一人だったと結論付けている。2019年に公開された1994年9月付の仏軍機密文書には、「大統領機の爆発から30分もたたないうちに、穏健派の閣僚たちとツチ人が暗殺されたことは、この作戦が高度に準備されたものだった裏付けになる」と記されている。

 大統領機撃墜から数日後、フツ穏健派の外相が兵士に殺害された。バゴソラ受刑者は1993年にタンザニアで開かれたツチ人反政府勢力との和平交渉の席で、譲歩し過ぎだと主張して外相と対立。その際、「黙示録を準備するために」ルワンダに帰国すると発言したとされるが、法廷では否定していた。(c)AFP