■失われる生息地

 18か月間さまよい続けた後、現在本来の生息地の方向に進んでいる14頭のゾウを、中国共産党メディアは保護政策成功の愛すべきシンボルとして描いている。しかし、国内の科学者らは、生息地の減少が問題の一端だと言う。

 中国当局は、安全への対応を迫られてきた。

 2019年、西双版納に定点観測用カメラを使った数百平方キロのハイテク監視網が設置された。ゾウが現れると指令センターに通報され、各地域に警告が発信される。

 住民の心得は、屋内や階上へ避難すること、ゾウに近づかないこと、爆竹で追い払わないことなどだ。

 西双版納のいたるところで目に付くのは、身近に住むゾウをたたえる像や絵だが、ゾウと十分な距離を取るよう注意書きもある。

 村民たちは状況に順応している。

 陸正栄(Lu Zhengrong)さんの住む農業集落は何十年にもわたって、米や穀物を作ってきた。だが「野生のゾウが手に負えなくなり増えすぎたため、茶葉やゴムの木などゾウが食べないものの栽培に切り替えました」と言う。

 だが、それがまた生息地の減少に拍車をかけると張教授は指摘する。

 茶やゴムの需要が急増し、農園は従来ゾウが歩き回っていた土地にまで着々と広がっている。ゾウは国に保護されていないそうした場所から、孤立した狭い保護区内に押し込まれていった。

 当然、ゾウはさまよいだした。

■「ゾウと人間とのバランス」

 なぜ14頭が北へ大移動したのかは、いまだに謎だ。

 張教授は「生息地の喪失や分断が根本的な原因」だろうと語る。個体数の増加による餌の奪い合いも状況を悪化させている。気候変動で生息地がさらに縮小すれば、もっと深刻化するだろう。

 中国政府は新たな国立公園制度を策定し、パンダやトラなど主要な野生動物の生息地保護を強化する方針だ。

 科学者らは西双版納にゾウの国立公園を設ける提案をしたが、大きな壁に直面している。

 そうした公園を造ろうとすれば、まばらな生息地をつなげるために農地をつぶし、数十万人の住民を移住させるという、巨額の費用がかかり政治的にも難しい大仕事が必要となる。

 解決策がもたらされるまで、住民はゾウとともに生きなければならない。「私たちがそれを望んでいるとは言えません」と陸さん。「でも、この動物と人間とのバランスが必要です。ゾウを守らなければいけません」

 映像はゾウを誘導する亜州象種源繁育及救助センター(Asian Elephant Breeding and Rescue Center)のセンター員らと、村のゲートを閉める馬さん(7月取材)の他、北京師範大学の張立教授のインタビュー(8月取材)。(c)AFP/Dan MARTIN