■路上での出会い

 バングラデシュ中部の農村部出身のスニグダさんは、他の多くのトランスジェンダーの人々と同様、いじめや拒絶に遭い、15歳のときに実家を飛び出した。

 ダッカでトランスジェンダーの人々が共同生活を送るグループに身を寄せ、「グルマ」と呼ばれるリーダー的存在の下で暮らし始めた。このような暮らしでは、一定の経済的安定を得られるものの、売春や恐喝を強要されたり、教育を受けさせてもらえなかったりする例もある。

 スニグダさんの人生が変わったのは、2019年に、横断歩道で止まった車の中をのぞき込んだときだった。

 車内から見詰め返してきたのはトランスジェンダーの工場経営者、シディック・ブーヤン・シンシア(Siddik Bhuyan Synthia)さん(38)だった。自分の工場で働かないかとスニグダさんを誘ったのだ。

 シンシアさんは「うちの工場で働くトランスジェンダーの従業員はごく一般的な人々です。後ろ暗い仕事には戻りたくないのです」と語る。「私たちの誰もがそうであるように社会生活を望んでいます」

 シェイク・ハシナ・ワゼド(Sheikh Hasina Wajed)首相の下、性的少数者の権利を拡大する新たな法律が次々と制定されてきた。

 2013年にはトランスジェンダーが男女とは別の性として公式に認められ、18年には第三の性での有権者登録が可能になった。

 政府はアファーマティブ・アクション(差別是正措置)や数々の支援にも乗り出した。

 その結果、ここ数年でトランスジェンダーの人々が所有・経営する企業がダッカにいくつか現れ始めた。多くは美容サロンで、小規模の工場もある。