創業120年を超えるNECは、独自の先進ICT(情報通信技術)を駆使し、世界で取り組みが進むSDGs(持続可能な開発目標)に様々な分野で貢献している。幼児指紋認証技術でワクチン普及に、マルチモーダル生体認証技術で食料サプライに、そして赤外線サーモグラフィで感染症水際対策に―。
 2021年4月に代表取締役 執行役員社長 兼 CEOに就任した森田隆之氏に、さらなる取り組みを聞いた(前編よりつづく)。

 

NEC本社ビルのコワーキングスペースにて

AIを用いた地雷探知の効率化

 

―「命を守る」という点では、NECの最新技術が世界の紛争地での人道課題にも活用できるのですね。

 はい。もともとは、2019年にICRC(赤十字国際委員会)のペーター・マウラー総裁が来日された際、離散家族の再会支援におけるNECの生体認証技術の活用の可能性について、意見交換をしたのがキッカケでした。ICRCは、紛争下で最も弱い立場にいる人々に寄り添う組織。人道支援分野においても、さまざまなデジタル技術が活用されるようになり、データの管理や保護は重要な課題です。NECは、「人道支援におけるデータ保護ハンドブック 第二版」が発行される前にもレビューを行うなど、生体認証のデータ保護のあり方の議論に貢献してきました。
 そこからさまざまな協議を経て、2021年6月、NECとICRCは、紛争地における人道問題の解決にNECのあらゆる技術を活用するMOU(覚書)を締結しました。共同で取り組んでいく分野として、具体的には、画像認識やAIを用いた地雷源(地雷敷設場所)の予測、個人情報データの保護などが挙げられます。
 世界各地で紛争後も残る地雷原。NECは、国際機関やNGO、大学などがバラバラに保有する膨大な地形、天候、場所などの地雷関連情報を集積してデータベースを構築し、AI解析によって地雷埋設場所を予測する取り組みを開始しようとしています。これによって、人的工数に頼っていた場所特定の工程を削減することが可能となれば、民間人への被害を最小限に抑えることができます。

ICRCのペーター・マウラー総裁(右)とNECの松木俊哉執行役員常務(左)

 

―命の危機に直結する地雷除去は喫緊の課題ですね。

 そうです。現在でも、アジア・アフリカを中心に60の国と地域に地雷が埋まったままで、年間の被害者は約7,000人(死者は約3,000人)、さらに被害者の70%は戦争と関係のない民間人で、その半数以上が子どもという痛ましい状況なのです。

 

砂漠の通信基地局にハイブリッド蓄電システム

 

―ICTの活用は他にどのような例がありますか?

 アフリカでは、携帯通信がとても重要なインフラとなっています。携帯電話は通話やメールの利用だけでなく、KYC(本人確認)や送金サービスなどにも使用されるからです。
 砂漠のまん中に立つ携帯電話の通信基地局には電気が通っていません。こうした無電化地域の通信基地局では、これまでディーゼル発電機が利用されてきました。ですが、ディーゼル燃料(軽油)は、ガソリンなどに比べて単位当たりのCO2排出量が大きいという問題があります。また、燃料の輸送コストなどの問題もありました。
 そこでNECは2018年2月、南アフリカ共和国のICT企業XON(エクソン)を子会社化し、蓄電池・制御システム・ソーラーパネル・ディーゼル発電機を組み合わせた「ハイブリッド蓄電システム」を開発したのです。
 これによってCO2排出量や輸送コストを削減し、安定的に通信基地局の運営が実現できるようになりました。

 

 

―まさにSDGsの目標7「エネルギー」、目標9「インフラ、産業化、イノベーション」、目標13「気候変動」につながる貢献ですね。

 

地球環境に優しい農業ICTプラットフォーム

 

 他にも、2015年、NECはカゴメ株式会社と加工用トマト栽培技術の開発で協業を始め、ポルトガル、オーストラリア、アメリカなどのトマト農場でICTを活用した実証実験を行ってきました。
 2019年にポルトガルで行ったAI営農実証試験では、窒素肥料は一般平均量の約20%減の投入量で、ポルトガル全農家の平均収量の約1.3倍となる、ヘクタール当たり127トンの収穫量となりました。
 そして、2020年からカゴメ株式会社と共同で、主に欧州のトマト一次原料加工メーカーに向けて、AIを活用した営農支援事業も始めています。2021年6月には、NECの農業ICTプラットフォーム「CropScope」(クロップスコープ)を強化しました。

 

営農指導員がデバイスを使い、トマト生産者に指導している様子


 

―こちらは目標2「飢餓」、目標12「生産消費」、目標13「気候変動」につながる活動ですが、「CropScope」とは具体的にどんなシステムですか。

 センサーや衛星写真を活用してトマトの生育状況や水分の状態など農場環境を可視化するサービスと、AIを活用した営農アドバイスを行うサービスで構成されています。
 熟練栽培者のノウハウを習得したAIが、水や肥料の最適な量と投入時期を指示してくれるので、加工用トマトの生産者は、栽培技術の経験量や巧拙にかかわらず、収穫量の安定化と栽培コストの低減が期待できるのです。そして同時に、地球環境に優しい農業を実践できます。
 しかも、熟練者の営農ノウハウをAIが再現できるということは、技術の継承という問題も解消でき、産地の拡大や、新規就農者の営農支援を行うことも可能になりました。
 加えて、トマトの生育状況を網羅的に把握できるため、客観的なデータに基づいた最適な収穫調整が可能となり、生産性の向上も図れるのです。デジタルツインによる仮想農場を使ったシミュレーションなども行っています。
 もちろん、このシステムはトマト以外の農作物にも応用が可能です。今後もNECのICTによってあらゆる農業のデジタル化を進め、気候変動や食の安全をめぐる社会問題に柔軟に対応できるサステナブルな農業を実現したいと考えています。

 

“NEC 2030VISION”に照らした社会価値創造を推進

 

―お聞きしてきたさまざまな取り組みは、NECグループ全体としての1つの大きなビジョンにもとづいているのですね。

 そうです。われわれNECグループは社会価値を創造する企業として、社会や顧客との「未来の共感」を創ることで、その実現を目指します。そのために、2030年の目指す未来の姿を「NEC 2030VISION」として策定しました。
 この「NEC 2030VISION」では、地球と共生して未来を守るための「環境」への取り組み、個人と社会が調和して豊かな街を育み、止まらない社会を築き、仕事のカタチを創る「社会」への取り組み、そこで暮らす人々の健康で平等な環境を支援することで、人に寄り添い、心躍る暮らしを実現することを提案しています。
 まずは「NEC 2030VISION」に共感していただけるよう、1つ1つのことに誠実に取り組んでいきます。「できたらすごい」を社会に創ることこそ、SDGsの達成に貢献することだと思うのです。

 

※文中敬称略

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プロフィール
森田 隆之(もりた たかゆき) 
1960年生まれ、大阪府出身。東京大学法学部卒業後、1983年にNEC入社。2021年4月、代表取締役 執行役員社長 兼 CEOに就任。社長就任以前は、2018年からCFOを務め、2020中期経営計画の達成にむけた収益構造改革を指揮したほか、Digital GovernmentやDigital Finance領域などでのM&Aを通じて、成長戦略を後押ししてきた。6年間の米国勤務や2011年からの7年間の海外事業責任者としての経験も含め、海外事業に長期にわたり携わってきたほか、M&Aなどの事業ポートフォリオの変革案件を数多く手掛け、半導体事業の再編や、PC事業における合弁会社設立、コンサルティング会社の買収などを主導した。趣味は将棋。

「将棋はチェスと違って、とった駒をもう一回活かす。みんなで敵味方なく同じ目的に向かって活動する。SDGsも、みんなで同じ目的に向かって活動することが大切」と森田社長。