地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓い、「2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標」として、2015年9月の国連サミットにおいて加盟国全会一致で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)。この目標に向け、日本をはじめ世界で積極的な取り組みが行われている。
 創業120年を超えるNECはこのSDGsにどう向き合い、アプローチし、いかなる取り組みで達成しようとしているのか。
2021年4月に代表取締役 執行役員社長 兼 CEOに就任した森田隆之氏に聞いた。

 

世界の想いを、未来へつなげる
NEC本社ビルのコワーキングスペースにて

―SDGsには17のゴール・169のターゲットが設定されています。NECがこの目標に取り組んだキッカケは何ですか。

 2014年6月に、NECは「Orchestrating a brighter world」(世界の想いを、未来へつなげる)というブランドメッセージを掲げました。その考え方は、翌年採択されたSDGsとまったく同じベクトルでした。
「Orchestrating」とは、NECの先進のICT(情報通信技術)で世界中の人々と協奏し、新たな価値を共創しようという姿勢を表したもので、豊かで明るい暮らし・社会・未来を創り上げていくNECの強い想いを込めたメッセージです。
 NECは、1899年に日本初の外資合弁第1号企業として創業しました。創業者・岩垂邦彦の「日本で電話を普及させる」という強い信念を持ったベンチャー精神に溢れた企業としてスタートしたのです。これを第1の創業と位置付けると、1977年が第2の創業と言えます。

 

―当時の小林宏治社長が「C&C(Computer & Communication)」を提唱されましたね。

 はい。当時、米国ではコンピューターと通信はお互いの領域を侵してはならないという独占禁止法で規制されていました。しかし小林は、この2つの融合は技術的必然であるとする世界観、ビジョンを示していました。当時とすれば斬新で大胆ですよね。いわば今日のインターネット世界を予見していたわけで、実際、コンピューターと通信、そしてそれらをつなぐ半導体の3分野で、NECは世界トップ5のポジションを獲得するに至りました。
 しかしその後、バブル経済が崩壊し、リーマンショック、東日本大震災と厳しい経営環境が続く中で、NECは多額の赤字を出すことになります。

 

―そこで変革の時が訪れた?

 まさにそのタイミングで、「社会価値創造型企業」への変革を宣言したのです。2013年ですが、これを我々は第3の創業と位置付けています。
 それから7年が経過した2020年度の業績は、おかげさまで過去最高の最終黒字を達成しました。
 2020年には、NECは自らのPurpose(存在意義)として、「Orchestrating a brighter world」を冠に「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指す」というステートメントを打ち出しました。
 新型コロナウイルス感染症の拡大が社会環境や価値観を大きく変えていますが、そうした状況だからこそ、ICTが社会の変化や変革において必須なのだと社会全体で強く認識されたのではないでしょうか。それだけに、NECのPurposeが正しい方向であり、NECの技術や事業の責務が非常に大きいことを改めて認識しています。

 

世界初となる、ワクチン普及を目的とした幼児指紋認証の実用化に向けて活動を開始

 

―では、NECとしてはどういう取り組みをしているのですか。

 たとえば、Gavi(ガビ)ワクチンアライアンス(以降、Gavi)という世界規模のワクチンの国際機関があります。これは途上国の子どもたちの予防接種を拡大させるため、ワクチンの調達から配布まで取り組む機関で、世界の子どもの命を救い、人々の健康を守ることがミッション。加盟各国政府やWHO(世界保健機関)、UNICEF(国連児童基金)などに加え、ワクチン業界、研究機関、NGO(非政府組織)、財団などで運営されています。ワクチンと聞くと新型コロナウイルス感染症対策と思いがちですが、設立されたのはそれ以前の2000年、「ダボス会議」として知られる世界経済フォーラム年次総会においてです。
 日本政府も2011年から支援するドナーに加わっており、NECもこのGaviの活動に積極的に取り組んでいます。

 

―具体的にはどういう面で?

 「どの人が」「どのワクチンを」「いつ接種したのか」がわからないと、ワクチン接種の現場は混乱します。まさにこういう状況でこそITの出番といえます。
 現在でも、世界ではIDを保有できていない人が約11億人、子どもの4人に1人がIDを持っていません。

 

―たとえワクチン在庫があったとしても、IDがないと適切な接種や管理ができない。実にもどかしい状況なのですね。

 そこで2019年6月、NECは、過酷な環境でも耐えうる指紋スキャナーを開発した英国Simprints社とともに、幼児指紋認証の実用化によってワクチンの予防接種を推進する活動についてGaviとMOU(覚書)を締結したのです。
 幼児の指紋は、面積が小さいことや肌荒れに加え、とても柔らかいために画像が変形して、従来の抽出・照合エンジンでは認証が困難でした。ですが現在、バングラデシュにて、1〜5歳の幼児に最適化したNECの指紋認証エンジンで照合する実証実験を行っており、高い精度を達成しています。しかも、指紋画像と氏名・年齢・性別などの情報を組み合わせることで、IDを保有していない幼児でも指紋認証による本人確認が可能となり、ワクチンの公平な配布と接種記録の管理に貢献できます。

 さらにNECは、世界で初めて、生後2時間の新生児の指紋のスキャンと照合に成功しているのです。こうした技術によって、生涯を通じて利用可能な“生涯ID”の実現を目指しています。

 

マルチモーダル生体認証で食糧サプライを応援

 

―“生涯ID”を実現、まさにSDGsが目指す「地球上の誰一人取り残さない(leave no one behind)」目標に合致していますね。そのほかにも具体的な活動はありますか。

 2010年代に西アフリカで発生したエボラ出血熱への対応を契機に、国連WFP(世界食糧計画)がリーダーとなってパンデミック時に現場へ医療資材等を輸送する物流サプライチェーンの見える化プロジェクトを立ち上げました。これにアジア企業として初めてNECが参画して支援しました。

 WFPは飢餓のない世界を目指して、紛争や自然災害などの緊急時に食料支援を届ける、いわば戦場のような場所で物流を行うプロなのです。
 この事例でも明らかなとおり、物資のサプライチェーンは、あらゆる緊急人道支援活動の根幹をなすものです。輸送状況の可視化や、在庫状況のデータ入力・トレースによって中抜きを防ぎ、大規模に効率よく配送できるし、二重配給を防止することも可能になります。

 人道支援活動での貢献をさらに深めたいと考え、2019年8月、WFPとMOUを締結しました。NECが開発したマルチモーダル生体認証技術「Bio-IDiom」(バイオイディオム)を駆使して、WFPが持っているSCOPE(スコープ)という食糧受益管理システムの強化に取り組んでいます。この取り組みによって、「必要な物を、必要としている本人に確実に届ける」ことを目指しています。

※Bio-IDiom:指静脈や指紋・掌紋、顔画像など複合的な生体データによって極めて精度の高い本人確認が可能で、さらに声認証や耳音響、目の虹彩による認証にも対応。これらは世界でトップクラスの技術で、なりすましや偽造も困難で、より確実なセキュリティの実現が可能

 

赤外線サーモグラフィで感染症水際対策

 

―NECならではの世界最先端技術が見事に活用されているのですね。

 エボラ出血熱対策では、2015年の感染拡大の際、西アフリカの国境施設(空港・港)で水際対策として赤外線サーモグラフィが導入されましたが、そこでもNECは非常に貴重なお手伝いができました。
空港や国境を通過する人物の体表温度を接触することなく計測できる赤外線サーモグラフィは、安全かつリアルタイムに発熱者のスクリーニングが可能です。当時NECの子会社であった日本アビオニクス社製の赤外線サーモグラフィを、主にODA(政府開発援助)を通じてアフリカ18カ国にトータル139セットを納入させていただきました(2021年3月末時点)。
 納入の際には、空港職員・空港検疫官に対し、設置作業・機器利用およびメンテナンス方法のトレーニングも実施しました。
 

ケニアにて、国連ハビタット(国際連合人間居住計画)、ピースウィンズ・ジャパン、難民、地域住民にトレーニングを実施

 

―これは新型コロナウイルス感染症対策としても期待できますね。

 その通りです。実際、すでに現在ご活用いただいています。新型コロナウイルス感染症対策では、さらにこの赤外線サーモグラフィに、生体認証・映像分析技術を組み合わせた渡航者の体表温度スクリーニングシステムを、ハワイ州主要5空港に提供しています。
 これは到着ゲートに赤外線サーモグラフィを設置して、飛行機を降りた渡航者を自動的に体表温度スクリーニングするもので、このシステムの導入により、空港職員が到着フライトごとに手動で行っていた渡航者のスクリーニングが不要となり、職員の感染リスクも軽減できました。
 そして、これも非常に重要なことですが、本システムで収集した渡航者の画像は、氏名、住所などの個人情報に関連付けることなく、匿名で取り扱い、しかも収集後30分以内に完全消去され、他のいかなる情報とも共有されることはありません。個人情報の保護には最大限の配慮がなされています。

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※文中敬称略

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プロフィール
森田 隆之(もりた たかゆき) 
1960年生まれ、大阪府出身。東京大学法学部卒業後、1983年にNEC入社。2021年4月、代表取締役 執行役員社長 兼 CEOに就任。社長就任以前は、2018年からCFOを務め、2020中期経営計画の達成にむけた収益構造改革を指揮したほか、Digital GovernmentやDigital Finance領域などでのM&Aを通じて、成長戦略を後押ししてきた。6年間の米国勤務や2011年からの7年間の海外事業責任者としての経験も含め、海外事業に長期にわたり携わってきたほか、M&Aなどの事業ポートフォリオの変革案件を数多く手掛け、半導体事業の再編や、PC事業における合弁会社設立、コンサルティング会社の買収などを主導した。趣味は将棋。

「将棋はチェスと違って、とった駒をもう一回活かす。みんなで敵味方なく同じ目的に向かって活動する。SDGsも、みんなで同じ目的に向かって活動することが大切」と森田社長。