【7月25日 AFP】無観客で行われた東京五輪の開会式。大会のチケットに400万円以上を費やした五輪の熱狂的ファンの男性は、会場の外に出向いて携帯電話で観覧した。

 滝島一統(Kazunori Takishima)さん(45)は過去15年間、夏季・冬季の五輪全てを会場で観戦した。今年の夏は、生涯五輪試合観戦数の記録を塗り替えるはずだった。

 いよいよ五輪が自国で開催されることになり、自分と知り合いの分のチケット197枚を、喜び勇んで購入した。

 だが、新型コロナウイルスの流行で、ほぼ全ての試合と式典が無観客で行われることになった。

「(本当に無観客なのだという)実感がないし、受け入れられない。現実とは思えない。ひょっとしたら入れるんじゃないかと思っている自分がいます」と滝島さんはAFPの取材に答えた。無観客という決定を伝えるニュースを見た時はショックを受け、「動くことができなかった」という。

 チケットの払い戻しは可能だが、柔道、体操、テニス、ソフトボール、スポーツクライミングなどさまざまな競技で活躍する日本人選手を生で応援できないことに対する穴埋めはない。

「オリンピックに興味がない人にオリンピックの良さを教えるチャンスだった」と滝島さんは悔しさをにじませる。自身が経営する不動産会社やホテルなどのスタッフにも、チケットをプレゼントしたかったのだという。国外まで五輪を見に行くことはないかもしれないからだ。

 今回、28試合を観戦して、生涯五輪試合観戦数を134に伸ばし、現在別のファンが保持している128試合という記録を超えるはずだった。

 滝島さんは、五輪選手が懸命に努力する姿にインスピレーションを受けるという。

「僕自身、仕事ではいろんな困難がある。『あの時のあの選手の涙に比べたら、大したことない。頑張ろう』と思える。それを教えてあげたかった。口で言っても絶対に伝わらない。行かなきゃわからない」

 スポーツには興味がなかった滝島さんが五輪に夢中になったきっかけは、2005年に国内で行われたフィギュアスケートの試合を観戦したことだった。巧みで力強い演技に魅せられたという。

 そして2006年、トリノ五輪を現地で観戦し、金メダルを獲得した荒川静香(Shizuka Arakawa)の演技を目の当たりにした。リンクで荒川が脚光を浴びる中、観客席では荒川と同じ国から来た滝島さんを見知らぬ人たちが祝福してくれた。五輪にはまった。以降全ての大会を見るため、世界を飛び回っている。

 これまで開催地の人々に温かく迎え入れてもらっていた滝島さん。「(今回は、)外国の方に来てもらって、僕がおもてなしをする側だったので。本当に彼らにいろんなことをしてあげたかった。それができなくて、残念過ぎます」

 滝島さんは、大勢の通勤客や学生が毎日都内を移動していることを放置し、その上で、観客を入れて五輪を開催するための適切な感染防止策を講じることに失敗した当局を非難する。

 だが、つらい1年を耐え忍んで練習を重ね、国内外から集まった全ての選手に感謝しており、応援する気持ちに変わりはない。

「普通に生活していたら、本当に涙を流す人を見ることはないです。下手すれば一生ないかもしれない。オリンピック選手はそこに一生をかけていて、メダルとか、場合によっては金メダルを取ってうれし涙を流す人もいれば、取れなくて涙を流す人もいる」と滝島さんは五輪の魅力を語る。

「本気で頑張って手に入れた何か、本気で頑張ったけれども手に入れられなかった何か。それによって流される涙は、人に何かを与えると思う」 (c)AFP/Hiroshi Hiyama