【6月23日 People’s Daily】朝9時、工場の1階では、李廷娥(Li Ting’e)さんが座って糸の端を割り、針に通して縫っていく。手が動くのにつれて、本物そっくりの牡丹の花が彼女の手中に息づいてくる。熟練の技を持つ彼女が、かつて小児まひ症に苦しんでいたとは誰も想像できないだろう。「花一輪を刺しゅうすれば50元(約850円)の収入になり、基本給を合わせて、私は現在家のすぐそこで月に2000元(約3万4000円)以上稼ぐことができています!」と、李廷娥さんは満面の笑みで言う。「ここでは、まめに働けば仕事があるのです」

 ここは中国西南部の貴州省(Guizhou)銅仁市(Tongren)万山区(Wanshan)にある、貧困地域住民移住政策の就職安定拠点、旺家コミュニティーである。青空の下には住宅がそびえ立ち、都市にいるような感覚を覚える。李廷娥さんも時々、夢の中にいるような感覚を覚えるという。彼女は夫と2人の娘と、山奥からここへ出てきた。

 李廷娥さんの実家は思南県(Sinan)楊家坳郷(Yangjiaao)にある。楊家坳から県の中心地区まで2時間はかかり、そこから市街地まではさらに2時間かかる。「バスなどもなく、子どもたちが学校に通うには山を2つ越えて1時間以上かかりました。毎日、日も昇らないうちに起きていました」と、李廷娥さんは言う。「山を登り切るたびに足が棒のようだった」と、子どもたちは訴えていたという。それだけでなく、村は深刻な水不足で、李さん一家もわずかな水で野菜や米を洗い、顔と脚を洗い、最後に家畜に水をやっていたそうだ。

 2019年、一家は社区へと移り住んだ。手配された住宅にはテレビや電子レンジなどがそろっていた。水道水がいつでも使え、李さん一家はわずかな水をやりくりしなくてもよくなった。2人の娘は順調に近くの公立学校に入学し、家の近くにはバス停もあり、数分で通学できるようになった。李廷娥さんが最も心配していた問題は解決したといえる。

 2013年、江蘇省(Jiangsu)蘇州市(Suzhou)では銅仁市への支援を始め、支援として「錦繍計画」を打ち出した。毎年2回、刺しゅう工芸師を組織して万山区に派遣し、刺しゅうの技術指導に当たる。李廷娥さんは初めて蘇州刺しゅうを見るやいなや、すっかり魅了されてしまった。彼女は蘇州刺しゅうの針の入れ方、手順、作品などを写真におさめ、家に持ち帰って自習した。スマートフォンの中は刺しゅうの動画でいっぱいになり、暇さえあれば動画をひとつひとつ見返して、蘇州刺しゅうの図案をあれこれと吟味した。努力は裏切らず、今の李さんはさまざまな蘇州刺しゅうの技術を駆使して、見事な牡丹の花を表現できるようになった。

 李廷娥さんの夫も勤勉な人だ。「引っ越す前、彼は出稼ぎに行っていて、家から離れていて1年に2、3回帰ってくるだけでした。今は都市に引っ越したので、朝近くの職場に出かけていき、毎日一緒にご飯を食べることもできます。家族4人で暮らせてうれしいです」と、李廷娥さんは笑顔で話した。(c)People’s Daily/AFPBB News