【6月27日 AFP】アフリカ西部ブルキナファソ出身のデザイナー、パテオ(Pathe’O)氏が、自己流で仕立て業を始めてから50年。反アパルトヘイト(人種隔離政策)運動の闘士だった故ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)氏をはじめ、アフリカ大陸で力や富を得た人々の服を作ってきた。

 パテオ氏の色鮮やかなシャツを愛した大物は、南アフリカ初の黒人大統領となったマンデラ氏から、モロッコ国王モハメド6世(King Mohamed VI)、ルワンダのポール・カガメ(Paul Kagame)大統領、アフリカ一の富豪と言われるナイジェリアの実業家アリコ・ダンゴート(Aliko Dangote)氏と多彩な顔触れだ。

 コートジボワールを拠点に活動するパテオ氏(本名パテ・ウエドラオゴ、Pathe Ouedraogo)は現在70歳。アフリカ全域でファッション産業に対する意識を変え、次世代のデザイナーのために機会を生み出そうと試みている。

「ここでは多くの人が心の中で、仕立て業は学歴の無い者、落ちこぼれの仕事だと思っています」とパテオ氏は笑う。「しかしアフリカのファッション、アフリカの布は全世界の関心の的。才能あるクリエーターの人材は豊富です」

「家内工業から大量生産へ発展する時期です。もっと生産してアフリカを前進させないと」

■「両親の後押し」

 背が高く痩身(そうしん)で、長老然としたパテオ氏は、常に自作の鮮やかなシャツを着て立ち回る。

 十数か国でブティック事業を率い、従業員約60人を抱える彼は今でも毎日、大都市アビジャン(Abidjan)の庶民の町トレイクビル(Treichville)にある数か所の作業場に顔を出す。この地区は50年前、パテオ氏が商売を始めた場所だ。

 当時、病弱だったためにカカオ農場での仕事を断られたパテオ氏は、二束三文で借りた狭い作業スペースで独学で仕立てを学んだ。少しずつ上達し、1987年にはコートジボワール国内のデザイナー賞「金のはさみ(Ciseaux d’Or)」賞を獲得した。

 それから10年後、マンデラ大統領がフランス公式訪問の際にパテオ氏のシャツを着たことで、新しい顧客が急増した。フランス植民地時代、オートボルタと呼ばれていたブルキナファソで生まれたパテオ氏にとって、大きな飛躍だった。

 彼の伝記「De fil en aiguille(糸から針へ)」によると、19歳でコートジボワールに渡り身を立てようとしたが「両親の後押し」以外、何も持っていなかった。(編集部注:de fil en aiguilleは、一つのことがもう一つのことに自然につながる様子を表すフランス語の表現)

 最近行われた出版発表の記者会見では「50年前、自分がこうしているとは思いもしませんでした。驚きです」と述べた。