■「家族の誇り」

 ある晴れた朝、7人の主婦がムンバイの建物の屋上に集まり、4袋のパパドを作ったのが、リジャットの始まりだ。1959年当時の年間売り上げは6000ルピー(約9000円)ほどだった。

 すべての女性は、出来高と組合での役割に応じて給料が支払われる。パラブさんの平均月収は約1万2000ルピー(約1万8000円)に上る。

 男性は店舗での補助や運転手、使い走りとして雇われているだけだ。

 リジャットのスワティ・ラビンドラ・パラドカール(Swati Ravindra Paradkar)代表(61)は、「夫よりも稼ぐ女性もいて、家族は誇りに思っている」と述べた。

 パラドカールさんがわずか10歳の時、一家の大黒柱だった父親が37歳で亡くなった。毎朝学校へ行く前に、リジャットの一員だった母親を手伝ってパパドを作ったものだった。

 パラドカールさんは地道に働き抜き、自らもリジャットに加入し、ついに代表にまでなった。

 リジャットは、薄焼きパンのチャパティや洗濯洗剤などさまざまな製品を手掛けるようになったが、いまでもパパドが主力商品となっている。インドのみならず、シンガポールや米国など海外でも販売されている。

 映像は3月に取材したもの。(c)AFP/Ammu KANNAMPILLY