【4月23日 AFP】不気味なすすり泣きや鳴り響くごう音、幽鬼のようなうめき声──海中マイクが拾った音には、言葉はなくとも物語があった。それは、クジラたちがその海域から動かなかったという証拠だ。

 2018~19年の冬にカナダ沖の北極圏のいてつく海で収集された録音から、ホッキョククジラの群れが例年と異なり、その年は南下回遊を行わなかったことが明らかになった。研究者らは、初めて確認された現象だとして、気候変動の影響で北極圏の生態系全体の動態(ダイナミクス)が変容する前兆の可能性があるとみている。

 カナダ沖の海域には約2万頭のホッキョククジラが生息し、距離6000キロに及ぶ回遊パターンは通常なら予測がたやすい。

 クジラたちはベーリング海(Bering Sea)で越冬した後、北上してチュクチ海(Chukchi Sea)を抜けて東へ進路を取り、ボーフォート海(Beaufort Sea)からカナダ・アムンゼン湾(Amundsen Gulf)の沖合で夏を過ごす。そして秋にはまたベーリング海へと南下していく。

 だが、2018~19年の冬はカナダ沖で、例年ならとっくに姿を消しているはずのクジラの群れを見たとの目撃情報が相次いだ。そこで、研究チームがこの海域に複数設置してある水中マイクが記録した音を調査したところ、南の海で越冬するはずのホッキョククジラの特徴的な鳴き声を確認した。

 コンピューター解析では、これまでこの海域では記録されたことのない交尾に関連するとみられる鳴き声も確認できた。研究結果は21日、英学術誌「ロイヤルソサエティー・オープンサイエンス(Royal Society Open Science)」に掲載された。

 研究を主導したカナダ野生生物保護協会(WCS Canada)のスティーブン・インズリー(Stephen Insley)氏は、海水温が群れの異例な行動に大きな影響を及ぼしたのではないかと考えている。

 インズリー氏によると、ホッキョククジラは零下0.5度~2度の海水温を好み、この温度帯以外の海域を避けることで知られる。

「この海域全体が劇的に変化しつつあり、われわれはその始まりを見ているにすぎない。亜北極帯に生息する種の多くが北上を始めている」とインズリー氏は指摘。「これは、全面的な生態系の変化が起きているということだ。勝者と敗者が出てくるだろう」と述べた。

 研究チームはこの海域での録音を継続し、収集したデータを海水温の記録情報と比較して関連性の有無を明らかにしたいとしている。(c)AFP/Sara HUSSEIN