【4月18日 AFP】イラク・クルド人自治区の中心都市アルビル(Arbil)の歴史あるバザールでは毎朝、店主たちが店の入り口の掃除をしながら、縁起が良いとされるその日の最初の客「イスティフタ(istiftah)」を待つ。

 手厚いもてなしで知られるイラクでは、お昼のテーブルにトラックのタイヤほどある大きな肉料理が並ぶことも珍しくない。それに比べると、イスティフタ(開始するものの意)──その日最初の客が品物やサービスを言い値で買うことができ、市場につきものの値引き交渉もない──は、ささやかだが、気持ちのこもった習わしだ。

 アルビルにあるにぎやかなバザールで、伝統的な白と黒の刺しゅうをほどこしたスカーフと帽子を売るヒダイェット・シェイクハニ(Hidayet Sheikhani)さん(39)は、イスティフタがその日の流れを決めると話す。「1人目の客は特別だ」とし、「早朝に富と幸せを神の元から運んで来る」と続けた。

 朝、まだ何も売れていないうちは、店の前に椅子が置かれる。これは仲間への合図だ。

 無事に最初の客に商品を売り終えたバザールの店主たちは、その後に訪れる客をまだ商品が売れていない他の店へと誘導する。全ての店が最初の客を迎え終わるまでこれを続けるため、2人目の客を迎えるのは、全ての店先から椅子がなくなってからとなる。

■起源

 イスティフタの起源は諸説ある。

 その一つは、預言者ムハンマド(Prophet Mohammed)の言行録であるハディース(Hadith)に由来するというものだ。

 しかし、イラクのサラハディン大学(Salahaddin University-Erbil)で講師を務めるアッバス・アリ(Abbas Ali)氏(イスラム研究)は、他の宗教でも同様に見られることから、イスラム教とは全く関係のない慣習である可能性もあると指摘する。

 同氏は、「長年行われてきた古来の習わしにすぎないのではないか。(中略)良い伝統が宗教的な儀式になることは少なくない」とAFPに説明した。

 シェイクハニさんも、アルビルでは20世紀半ばまでユダヤ人コミュニティーが栄えていたため、この習わしはイスラム教徒とユダヤ教徒に共通すると話す。

 ある店主は、最初の客の要望──それがどれだけ無理な内容だったとしても──を断ると、罪悪感にさいなまれると話す。「神の祝福を拒絶するとは何ごとかと自問しながら、悲しい気持ちで一日を過ごすのです」

■大切な象徴

 イスティフタが見られるのはバザールだけにとどまらない。タクシー運転手や配管作業員、電気工事作業員らもこの慣習に従う。

 ただし、決して無料にはならない。最初の客はかなりの安値を言うことも多いが、無料を求めるのは嫌われる。

 ある自動車整備士は、「たとえ相手が兄弟だったとしても、形としていくばくかはもらう。それがわずか1000イラク・ディナール(約75円)であろうと」と話した。

 映像は2月に取材したもの。(c)AFP/Qassim Khidir