【3月18日 東方新報】5日に開幕した全国人民代表大会(National People's Congress、全人代)で、李克強(Li Keqiang)首相が読み上げた政府工作報告の中に「定年退職の年齢を引き上げる」との一節があり、大きな波紋を広げている。中国政府は数年前から、「定年延長」の可能性を検討しており、今年の政府活動報告に盛り込まれたことによって、近くに実施することが確実になった。

 中国では公務員や国有企業の職員の法定退職年齢は男性が60歳、女性幹部は55歳、女性従業員は50歳となっている。1949年の新中国成立初期の規定で、約70年を経過したのに一度も調整されたことがなかった。欧米や日本などの諸外国では「65歳定年」が定着しつつある中、中国の退職年齢は「若すぎる」、または「女性を差別している」などと指摘されてきた。また、新中国成立当初の平均寿命は40歳台だったのに対し、今は80歳近くまで上昇しており、退職年齢の引き上げは「時間の問題」とみられてきた。

 中国政府がこれまで定年延長問題に消極的だったのは、若者の雇用への影響を懸念したためといわれてきた。しかし、ここ数年、中国にも少子高齢化の波が押し寄せてきており、大学新卒者の数はこれから減少傾向にある。今後、労働者不足に陥る業種が増えることが確実だ。また、産業の構造に変化が起きており、中国政府は「今なら定年延長に踏み込んでもよい」と判断したもようだ。

 全人代での李氏の発言に先立ち、政府系シンクタンク、中国人事科学研究院の元院長・呉江(Wu Jiang)氏は中国メディアの取材に対して「定年退職の年齢が低すぎると、人材資源の浪費につながる。段階的にその年齢を引き上げることで、人口高齢化と就業の間にあるアンバランスな現状を緩和させることができる」と指摘した。そのうえで、呉氏は「デジタル経済やスマート製造などの分野で多くの新しい雇用が創出されている。定年退職の年齢を引き上げても、若者の就職には影響しない」との見方を示した。

 今の中国は、工業化からデジタル経済への過渡期にある。伝統的製造業は依然として経済を支える柱だが、若者に敬遠されがちで、すでに技術者不足に陥っている工場も少なくない。熟年技術者の定年を延長すれば、その穴を埋めることができる。一方、ハイテク産業の台頭によって、インターネットやビッグデータなどに関連するデジタルオペレーター、健康管理士など多くの新しい職業が登場し、若者の間で人気を博している。

 若者をデジタル経済に誘導する一方、中高年の労働者は引き続き伝統産業で頑張ってもらう。産業構造が大きく変わる過渡期で、定年延長を通じて労働者の住み分けを促すことは、経済全体にとって大きなプラス材料となる。(c)東方新報/AFPBB News