【3月3日 AFP】「トロピカル」──ポーランドの首都ワルシャワと聞いて、この言葉が真っ先に頭に浮かぶという人はあまりいないだろう。しかし、この町の中心部には背の高いヤシの木が1本あり、景色の一部と化した木は人々の心にもしっかりと根付いている。

 作り物であるこの木は18年前、アート作品として市内の主要道路の一つ「エルサレム大通り(Jerusalem Avenue)」に置かれ、今ではさまざまな社会運動のための「一風変わった」集会の場となっている。

 看護師による抗議活動が行われた際には、高さ15メートルの木に巨大なナースキャップが取り付けられ、またビキニ姿のLGBT活動家らが声を上げた際には、木はギリシャのレスボス(Lesbos)島に見立てられた。アナキスト(無政府主義者)らに葉をむしり取られたこともある。

 ヤシの木のある環状交差点(ラウンドアバウト)に立つ交通警察官には、「マイアミ・バイス(Miami Vice)」というあだ名まで付けられている。これは、暖かい米フロリダ州マイアミを舞台にした人気刑事ドラマにちなんだ愛称だ。

 ヤシの木を管理するワルシャワ近代美術館(Museum of Modern Art)の学芸員、セバスティアン・チホツキ(Sebastian Cichocki)氏はAFPに、「このヤシの木は生きたオブジェ、反抗するオブジェだ。眺めるだけのアート作品ではない。社会的エネルギーの発生装置…見る人が、自らの空想や希望、恐怖を投影できる作品だ」と述べた。

■喪失のストーリー

 作品は、ポーランド人アーティストのヨアンナ・ライコフスカ(Joanna Rajkowska)さんによるもので、イスラエルを訪問したことが制作のきっかけとなったという。ライコフスカさんがイスラエルで見たのは、2000年に起きたパレスチナ人住民による反占領運動「第2次インティファーダ」の「緊張と恐怖」だった。

 イスラエルから戻った際、「ユダヤ人はここ(ポーランド)で繁栄して幸せでいるべきだ。この地が彼らの故郷であるべきだ」との感情に押しつぶされそうになったのだと、AFPに打ち明けた。

 第2次世界大戦(World War II)が始まるまで、ポーランドのユダヤ人コミュニティーは欧州最大だった。しかし、90%がホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大量虐殺)で命を落とし、また生き残った人の多くもこの地を去った。

 ライコフスカさんは、「ヤシの木は、このむなしさから生まれた。何かを失ったことに対するとても深い悲しみだ」と語り、イスラエルで見たヤシを「生命のしるし」と呼ぶ。