【1月14日 Xinhua News】中国河北省(Hebei)黄驊市(Huanghua)の文化財部門の職員が、戦国時代(紀元前5世紀~同221年)の甕棺(かめかん)を修復している最中に、文字が刻まれた二つの陶盆(土器のつぼ)の破片を見つけた。専門家は、2千年余り前の都市の状況や生産・生活、埋葬習慣の研究により多くの情報をもたらしたと指摘する。

 同市文化財部門は2016年、戦国~秦漢時代の郛堤(ふてい)城遺跡付近で甕棺墓113基を発掘した。うち107基が小児墓で、6基が成人墓だった。甕棺は2個または3個の土器のかめやつぼを合わせて作られており、形状は20種類余りに及んだ。戦国時代の器物、埋葬形式、規模としては全国でも珍しいという。

 甕棺の修復を担当した郄旦旦(Qie Dandan)さんによると、破片はいずれもつぼの口縁部分で、一つには「韓公」、もう一つには「東城匠盆十斤(東城の職人が作った10斤のつぼの意)」と流暢な字体ではっきりと刻まれていた。破片は既につぼの形状に復元されており、「韓公」のつぼは口径45センチ、深さ23センチ、「東城匠盆十斤」の方は口径41センチ、深さ23センチだった。

 郄さんはこれら甕棺のつぼについて、製作者や容量が記されており、もともとは葬具ではなく生活用具として作られていたことを示していると説明。今後はつぼにアワを入れて、当時の十斤が現在の重さでどのくらいかを測定するという。

 甕棺墓113基が出土したのは黄驊市西北部の郛堤城遺跡の付近。郛堤城は戦国~秦漢時代の城郭都市で、軍事的に防衛の役割を担っていたことが史料や研究で明らかになっている。

 黄驊市博物館の張宝(Zhang Bao)館長は、甕棺葬の墓地が実際は郛堤城の一部であり、大規模な小児墓の存在は当時の城の繁栄ぶりを示していると指摘。戦国~秦漢時代の環渤海エリアの開発の歴史を明らかにする材料であり、地方の文献に残る「徐福伝説」を研究する上でも貴重な実物資料になると語った。(c)Xinhua News/AFPBB News