【12月20日 Xinhua News】中国浙江省(Zhejiang)寧波市(Ningbo)でこのほど、約5千年続いた集落の遺跡が見つかったと、同市文化遺産管理研究院が17日発表した。寧波地区の集落の空間形態の移り変わりを研究する上で、重要な手掛かりになるという。

 遺跡は同市江北区慈城鎮東門村の跡地にあり、分布面積は約1万8千平方メートル。土層堆積は北側から南側にかけて緩い傾斜が見られ、深さは2・5~3メートルある。年代区分は河姆渡(かぼと)文化4期、良渚文化期、広富林文化期、馬橋文化期、商・周代、春秋戦国時代、漢・晋代、唐・宋代、明・清代の9層に分かれ、新石器時代後期~青銅器時代の層が最も厚い。

 発掘調査では各年代の建物跡や灰坑、灰溝、かまど跡、焼土堆積、井戸跡、柵跡、柱跡、木製杭群などの遺構179カ所を検出したほか、陶磁器や石器、玉、銅製品、木製品、骨角器など600点近い遺物が完全な形や修復可能な状態で出土した。うち広富林文化期の層から建物跡や灰坑、柱跡、木製護岸、馬橋文化期からイネ科植物の圧痕が残る焼土塊などが見つかっている。これらの年代は陶器の器形の種類が最も多い。

 同研究院の関係責任者は「広富林文化期は考古学上の文化編年で新石器時代末期に当たる。主に太湖周辺に分布していた。遺跡はこれまでに江蘇省(Jiangsu)や浙江省、上海市で発掘されているが10カ所にも満たない。太湖周辺地区ではこの後、中原地区の夏・商代に当たる馬橋文化期に入る」と解説している。

 専門家によると、寧紹地区(寧波と紹興一帯)ではこれまで、新石器時代末期や青銅器時代前期の遺構や遺物がほとんど見つかっていなかった。今回の発掘で広富林文化期と馬橋文化期の典型的な遺構や遺物が豊富に出土したことにより、この二つの時代に新たな研究材料が加わり、同地区の考古学上の文化編年が確立されたとの見方を示している。(c)Xinhua News/AFPBB News