【11月30日 東方新報】ブラジル国家衛生監督庁(ANVISA)は今月9日、中国製の新型コロナウイルスワクチン「コロナバック」の臨床試験(治験)を一時停止すると突然発表し、そのわずか2日後に治験の再開を認めた。ドタバタの背景にはブラジル国内の政治問題があるが、治験停止を「中国のワクチン外交にダメージ」と結び付けるメディアもあった。

 コロナバックは中国の製薬会社「科興控股生物技術(シノバック・バイオテック、Sinovac Biotech)」が開発しているワクチンで、ブラジルではサンパウロ州とブタンタン研究所(Butantan Institute)の協力を得て7月末から最終段階の臨床試験に入っている。

 そんな中、ANVISAは今月9日、「重篤な有害事象」を理由に治験の一時停止を命じたと発表。詳細は明らかにしなかったが、治験に参加していたボランティアが10月29日に死亡したことが理由という。ブタンタン研究所は「死因とワクチンに因果関係はない」「ANVISAから治験停止の相談も受けなかった」と主張。サンパウロ州の保健当局トップも研究所を支持した。

「ブラジルのトランプ」とも呼ばれ、中国政府に批判的なジャイル・ボルソナロ(Jair Bolsonaro)大統領は、以前からコロナバックの安全性に疑問を投げかけ、「完成してもブラジルは購入しない」と公言。ANVISAの決定は「自分の勝利だ」と述べた。新型コロナを軽視するボルソナロ大統領に対し、ブラジル最大の人口を誇るサンパウロ州の知事で、2022年の大統領選に出馬するとみられているジョン・ドリア(Joao Doria)氏は、独自のロックダウンを展開したほか、コロナバックについて「国内で治験中のワクチンで最も安全で有望」と後押ししている。ボルソナナロ大統領は対抗して「英アストラゼネカ(AstraZeneca)製のワクチンを好んでいる」と明言しており、ワクチンの結果が次期大統領選を左右する要素になっている。こうした状況から、大統領がANVISAに圧力をかけた疑念が生じている。

 治験の一時停止というニュースが世界に流れると、欧米や日本の一部メディアは「中国のワクチン外交にブレーキか」と報じた。

 中国がコロナ禍をいち早く克服し、国際支援のため海外に医療物資を送るようになった時期、「中国がマスク外交を展開」という報道が少なくなかった。中国が国際社会で地位を高めるカードとして、コロナ禍を利用しているという見方だ。ワクチン開発を巡っては、習近平(Xi Jinping)国家主席は「中国がワクチン開発に成功すればアフリカに提供する」と表明。王毅(Wang Yi)外相も中南米諸国がワクチンを購入するため借款提供を約束している。こうした姿勢を、中国が世界への影響力を高めるための「ワクチン外交」ととらえ、その狙いが治験の一時停止でつまずいたとしている。

 しかし、ボランティアの死因は自殺だったことが警察の調べですぐに判明。ANVISAは11日に治験再開を認め、「一時停止を決定した際、治験者の死因を知らされていなかった」「一時停止は、検証中の製品に安全性や有効性がないことを意味するものではない」と釈明した。

 世界中がコロナ禍に包まれる中、確かに自国企業が早期にワクチンを開発すれば、大きな経済効果をもたらす上、国際的な威信にもつながる。ただそれは中国に限らず、米国など他の国々でも同様と言える。ブラジルでは今回の治験停止騒動に対し、「国民の命を政争の具にするべきではない」との声が上がっている。どの国の企業であろうと、一日も早く有効なワクチンを開発してほしい。それこそが世界の人々の共通の願いだろう。(c)東方新報/AFPBB News