【12月1日 Xinhua News】中国河南省(Henan)周口市(Zhoukou)淮陽区の時荘遺跡でこのほど、夏王朝初期の穀物倉庫跡28基が見つかった。さまざまな形をした遺跡が1カ所に集まっており、中国でこれまで見つかった食糧集中保管用の「穀倉城邑」としては最も古く、初期国家の食糧管理や租税制度などを研究するための優れた手がかりとなる。

 28基の穀倉跡は時荘遺跡にある面積約5600平方メートルの人工台地に集中して分布している。考古学者らは倉庫跡の底からアワやキビの成分と、敷物や編み物に使われたアシの成分を検出した。河南省文物考古研究院時荘遺跡プロジェクト責任者の曹艶朋(Cao Yanpeng)氏は「土壌からもキビの成分が検出された。倉庫跡の建築形式と合わせて考えると、この遺跡は穀倉の役割を果たしたと判断できる」と語った。

 全体の配置をみると、遺跡がある台地は浅く広い堀に囲まれ、中央に居住機能を持つ長屋が1軒あり、この建物を取り囲むように穀物倉庫が建っていた。この地域で見つかった同時期の遺構は穀倉跡が中心で、灰坑や陶窯、墓など他の遺跡は極めて少ない。曹氏は「この集落の配置構造が明確で、その機能が単一的だったことを示しており、時荘遺跡が食糧保存を主とする特殊な城邑(城壁を持つ町)だったと推測している」と述べた。

 遺跡から出土した木炭に対する放射性炭素(C14)年代測定のデータによると、遺跡の年代は3700~4千年ほど前の夏王朝初期に当たる。

 曹氏は「これまで中国で見つかった食糧保管専用の城邑としては最も古く、当時既に比較的完全な形で、厳格な食糧収集・貯蔵・管理制度が存在していた可能性を物語っている」と分析した。

 曹氏によると、「穀倉城邑」の出現は中国の初期国家が集落機能の専門化を進めていたことを示しており、初期国家の食糧備蓄管理や社会組織構造、管理レベル、国の統治能力などを再認識する上で極めて重要な価値がある。

 時荘遺跡は河南省周口市淮陽区四通鎮(Sitong)の時荘村にあり、2019年7月に発掘調査が始まった。総面積約10万平方メートルで、現在も発掘研究作業が続いている。(c)Xinhua News/AFPBB News