これまで名だたる名車を500台近く所有し、ドライブしてきた松田芳穂さんが今、最も愛しているスーパースポーツカーは最新の12気筒フェラーリだった。

スポーツカーと料理は似ている。どんなに素晴らしい食材でも、眺めているだけでは始まらない。最高の状態で食してこそ、その真髄を味わえる。だからこそ“旬の物を旬な時に味わう”のは、とても大切なことであり、贅沢なことなのだ。

スーパースポーツカーのスペシャリストと聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、世界屈指のコレクターとして知られる松田芳穂さんだった。

ガレージにお邪魔すると、9月29日に御殿場で開かれたフェラーリ・ブランチでお披露目された、今最も新しいコレクションであるフェラーリ・モンツァSP1を筆頭に、飛び切りの4台が納められていた。

松田さんのコレクションの中で一番新しいフェラーリ・モンツァSP1。

「これまでクラシックが好きで250GT TdFや250TRなどを所有してきました。確かにこういうクルマはサーキットを走ったりしても面白いんだけど、危ないわけです。それで全部手放して新しいクルマに乗ろうと決めました。現代のクルマは安全で速い。それにブレーキもいいし、よく曲がる。僕もここ10年でわかりましたよ」

松田さんが、初めて心からこれぞスポーツカーだと思ったクルマは29歳の時に手に入れたメルセデス・ベンツ300SLガルウイングだった。そこからクラシック・カーのコレクションが始まり、79年にそれらを展示した“軽井沢古典車館”をオープンする。

812スーパーファストをベースに開発された、フェラーリの新しい限定シリーズ“Icona”最初のモデルだ。そのデザインソースになったといわれるレーシングモデル166MMや、375MM、250TRを実際に所有してきた松田さんにこそ相応しい1台である。

その後550スパイダーを手に入れたのをきっかけにポルシェに魅了された松田さんは、ロサンゼルスに住んでいる時に、ポルシェ・ディーラーを営み、自身のレーシング・チームも主宰していたバセック・ポラックと親交をもつようになる。そして彼から908や917Kをはじめとする20台あまりの珠玉のレンシュポルトを譲り受けたことが、ポルシェ博物館の開館へと繋がるのだ。

数あるコレクションの中で一番のお気に入りだというラ・フェラーリ・アペルタ。「純粋な走りだと488ピスタ・スパイダーですが、形でいったらラ・フェラーリ・アペルタですね。もう1台持っている黄色のラ・フェラーリの走行距離は5000km。もしかしたら日本で一番乗られているラ・フェラーリかもしれません。そのくらい気に入っています」

想い出に残るフェラーリ

「ポルシェも面白かったけど、40歳を過ぎてフェラーリに宗旨替えしたんです。当時の日本ではポルシェの方が人気があって、フェラーリなんて誰も知らない。そんな時代でした」

こうしてフェラーリ美術館がスタートすると、毎月のように貴重なモデルがコレクションに加わっていった。それが日本におけるクラシック・フェラーリ、ひいてはフェラーリ・ブランドが広く、深く浸透していく鍵となったのは紛れもない事実だ。その功績はフェラーリ本社にも認められ、86年にはエンツォ・フェラーリとの面会が実現したほか、05年にはイタリア共和国大統領からコメンダトーレ勲章が授与されている。

現在に至るまで松田さんが所有してきたフェラーリは約120台。他のメイクスを含めると合計で400~500台にのぼるという。その中で、これまでで一番印象に残る1台は? と伺うと、即座に57年のレーシング・スポーツカー、フェラーリ250TRという答えが返ってきた。

「これはよく走りました。アメリカのラグナ・セカでレースに出たり、ミッレミリアに出たりね。一番最高だった瞬間は、95年のミッレミリアですね。250TRでは3回ミッレミリアに出たんですが、95年は総合18位、しかも参加したフェラーリの中で1位、日本人でも1位だったんです。エンジンからオイルを吹いて真っ黒になりながらあの成績を残せたんですから。やっとの思いでゴールの壇上に上がったら、みんながよく走ったって大拍手してくれてね。あれには本当に感動しました。その夜のパーティーで順位を聞いた時は、嘘じゃないかと思いました(笑)」

スポーツカーは走らせてこそ

そのほかにも同時期に4台の250GTOを所有し、ツアー・オートやGTOツアーに参加するなど、松田さんは貴重なモデルであっても積極的に自らの手で走らせることを信条としてきた。そのスタンスは79歳になった今も変わらない。先日もモンツァSP1を富士スピードウェイで走らせたところだという。

「250TRはよく曲がるし、リアもスッと出てコントロールしやすい。モンツァSP1は250TRをモチーフにしたって話だけど、あそこまで男性的じゃないですね。富士スピードウェイで走った時も風圧が凄くて210km/h以上出せない。コーナリングなんかもレーシングカーじゃないからロールする。そこへいくと250TRは凄かった。あれは本当のレーシングカーですね。コーナーでリアを滑らせながら自分の狙ったところに行けるんだから」

一方、今でも最初の鮮烈な驚きが色褪せずに続いているのがラ・フェラーリ・アペルタだそうだ。

「エンジンと電気が合わさった速さは半端ではない。富士スピードウェイの直線で310km/h出るのはこのクルマだけ。ブワーッと加速してギューッと止まる。確かにF12tdfも速いけど1コーナー手前で280km/hが精一杯だからね」

今、松田さんが一番愛用しているのが、この812スーパーファスト。「ちょっと前までFFに乗っていましたが、今は812ですね。肉体的なストレスがなく乗りやすいし、それでいて速い。昔じゃ考えられないですよ。山道でどんなスピードでも曲がってくれる。こんなに運転上手くなったかな? って思うくらいです(笑)」

やはり12気筒は格別

現在15台以上のフェラーリを所有する松田さんだが、今年に入ってコレクションを整理する中である種の結論にたどり着いたという。

「458スペチアーレ、458チャレンジ、488ピスタ・スパイダーは残しましたが、やっぱりフェラーリは12気筒なんですね」

その言葉のとおり、72年式の365GTB/4デイトナをはじめ、テスタロッサ、512M、550マラネロ、599GTO、ラ・フェラーリ、F12tdf、Kode57、そして一番良く運転し、すでに1万kmを走破した812スーパーファストなど、松田さんのフェラーリ・コレクションには、モンツァSP1やラ・フェラーリ・アペルタの他にも錚々たる12気筒モデルが名を連ねている。

「599以降の12気筒は本当によく出来ていて面白い。それ以前では550マラネロが一番ですよ。MTで自分の思いのまま走れますからね。日本1号車を買って、たった2年で6万kmも走るほど気に入ってました。その後で手放したのを後悔して中古を探して買ったくらいです。マラネロは絶対手放しませんよ!」

唯一のポルシェだが、これだけはずっと持ち続けたいという918スパイダー。「これは凄いクルマ。ラ・フェラーリとも違う強烈な加速感、速さがたまらないんです。最初に911ターボに乗ったとき、4速でもワーッと加速してすごく驚いたけど、その驚きは今の911ターボにはない。それがこの918スパイダーには残っているんです

一方、フェラーリ以外のスポーツカーで所有するのは、ポルシェ918スパイダーのみ。これまで数多くのスポーツカーを所有してきた松田さんが、フェラーリに特別な想いを寄せる理由はなんだろうか?「やはりヒストリーですよね。あと音とスタイル。その時々でフェラーリは全部違うんです。それがまた面白いんだよね。モンテゼモロの頃から工場も新しくなって色々変わったけれど、やっぱりフェラーリはフェラーリ。その本質を大事にしてるから、今も残っているんでしょう」

海外でクラシックカーの素性を確かめる際に「Matsuda Collection」物であることが1つのステータスになっているほど、珠玉のコレクションを集めた博物館を開き、素晴らしい状態で動態保存された松田さんの功績は計り知れないほど大きい。この春には、そんな“車生”を豊富な写真と貴重な資料とともに纏めた『疾走』が、限定出版された。

加えて、速く走る、曲がる、止まるというスポーツカーに必須の条件とともに、“乗りこなす”悦びも大事だと松田さんは力説する。

「たまたま馬のマークがついてるけど、動物と同じ感覚なんですよ。乱暴に扱えば暴れるし、恐る恐る乗れば軽自動車にも負けちゃう。今でこそ誰でも乗れるけど、550マラネロ以前は腕がないと乗れなかったでしょう。怖い思いをすることもあるけれど、だんだん上手く乗れるようになるのが楽しいんです」

噂されるSUVについても「出たら一番に乗ってやろうと思っています」と語るように、フェラーリはこうじゃなきゃという固定観念に囚われることなく、最新モデルが出るたびに日本1号車を手に入れ、その真価を自身で確かめてきた松田さん。今一番楽しみにしているのは、812GTS、ローマに続いて納車される予定のアセットフィオラノを装着したSF90ストラダーレをドライブすることだという。

「最近は投機目的なのか走っていないことを自慢する人もいるけど、乗ったからって減るもんじゃないし、乗らないと本当の価値はわからない。もう79歳になりましたが、免許がある限りずっと乗り続けますよ」

文=藤原よしお 写真=望月浩彦

(ENGINE2020年12月号)