【11月25日 Xinhua News】中国山西省(Shanxi)考古研究院は23日、同省晋中市(Jinzhong)平遥県(Pingyao)で東周時代(紀元前770年~紀元前256年)の竪穴土坑墓と金王朝時代(1115~1234年)の磚室墓(せんしつぼ、れんがで築いた墓)各1基を発見したと発表した。発掘地点は、世界遺産に登録されている平遥古城の東側城壁から800メートルしか離れておらず、専門家は2千年余りとされる平遥の歴史を裏付ける重要な根拠になると語る。

 墓は10~11月初旬に実施された発掘調査で見つかった。東周墓は上部が破壊され、底部の墓室のみが残された状態で、東西方向の長方形をしている。開口部から底面にかけて狭まり、現存する開口部の広さは東西3・6メートル、南北2・4メートル。深さは0・85メートルで単葬墓だった。遺物は計10点(組)出土し、墓の形状と出土遺物から戦国時代初期の墓葬と判断された。

 金代磚室墓は擬木構造で、東西方向に造られ、墓道と墓門、甬道(ようどう)、墓室からなる。墓道は墓室の東側にあり、壁はまっすぐで長さは0・4メートル。墓門と甬道はれんがのアーチ構造になっていた。墓室は円形の土坑(どこう)で、八角形の擬木構造の磚室とドーム型の天井を持つ。夫婦を改葬した合葬墓で、遺物は7点出土した。

 発掘プロジェクトのリーダーを務めた同研究院晋文化研究所の武俊華(Wu Juhua)所長によると、今回発掘された墓は平遥古城付近で見つかった遺跡の中でも比較的年代の古いものになるという。平遥県は間もなく開始される県博物館の建設に合わせ、2基の墓を現状保存して展示する方針を示している。(c)Xinhua News/AFPBB News