【11月15日 AFP】もうすぐ90歳になるベトナム人画家、モン・ビック(Mong Bich)さんは、お気に入りのタイル張りの部屋で作業する場所を決めて座り、光の加減を確認して描き始めた。

 ビックさんは、ベトナムの女性アーティストを数世代にわたって鼓舞し続けてきた「パイオニア」だ。海外で高く評価され、大英博物館(British Museum)にも水彩画が収蔵されている。だが自国では長年、見過ごされてきて、今年の10月にようやく初の個展が開催された。

 ハノイ郊外にある自宅でビックさんはAFPに「私にとって、絵を描くことはご飯を食べることと一緒。ご飯を食べなければならないように、絵も描かなければならないのです」と語った。今も1日に最長で8時間、絵を描いている。

 ビックさんはフランス植民地時代の1931年に生まれた。バイオリニストで独立戦争の闘士だった夫は、ラオスでのフランス軍との戦闘で負傷。ビックさんは数十年間、夫を介護しながら極貧生活の中で2人の子どもを育てあげた。

 生活費を稼ぐ必要から1956年、ハノイに開校されたベトナム美術大学(Vietnam College of Art)に初年度、ビックさんは入学する。そして新聞にプロパガンダ漫画を描く職を得た。

 だが、ビックさんは路上で目にしたものをスケッチすることを決してやめなかった。床の上に丸くなって横たわる貧しい高齢の女性と赤ん坊に授乳する母親を描いた絵はスキャンダラスだとみなされ、1960年の展覧会からは当初除外された。

 シカゴ美術館付属美術大学(The School of the Art Institute of Chicago)の南アジア・東南アジア美術史教授、ノラ・テイラー(Nora Taylor)氏は、ビックさんはありとあらゆる困難にもかかわらず「パイオニア精神」を発揮し、作品制作に励んできたとたたえる。

 1993年には床に座る高齢女性を描いたビックさんの水彩画が、ベトナム美術協会年次展覧会の最高賞を受賞した。だが名声はそれに続かなかった。

 だがようやく変化が訪れている。今ではビックさんの人生と作品は、20世紀ベトナムにおける多くの人々の体験を語るものだという認識が広まっている。

 ビックさんにとって作品は常に、人生が自分に投げつけてくるさまざまなことと向き合う対処法なのだ。「スケッチしたり、絵を描いたりできるときこそが、幸せでした」とビックさん。「それが人生の困難に取り組む私流のやり方なのです」

 映像前半は10月8日撮影。後半は個展の様子、10月22日撮影。(c)AFP/Alice PHILIPSON