【11月29日 AFP】イラクの秋の日差しのもと、アッバス・アッブード(Abbas Abbud)さん(48)はナツメヤシのゴツゴツした木の幹を巧みに登っていく。アッブードさんの使命? それは頭上のみずみずしいデーツ(ナツメヤシの実)を収穫し、昔から続くこの職業を存続させることだ。

 アッブードさんは、イラク南部の農業の中心地ディワニヤ(Diwaniyah)でデーツを過去6000年にわたって刈り取ってきた「パーム・クライマーズ(ナツメヤシに登る人々)」の異名を持つ共同体の最も若い世代に属する。

 しかし、何十年もの間戦争が相次ぎ、気候が変わり、農家への支援がほとんどなされなかったせいで、イラクを象徴するナツメヤシとその実の収穫者は大幅に減ってしまった。

 毎年10月から12月、アッブードさんはデーツを刈り取るため、綱をつけ、なたを片手に木に登る。ナツメヤシは高いもので23メートルにもなる。

 アッブードさんがナツメヤシの木1本の収穫で得る収入は、わずか2000イラク・ディナール(約175円)だ。今年の貧困率が40%に達すると予測される中、アッブードさんにはデーツの収穫期を見過ごす余裕はない。

■「輸入デーツ」に現実味?

 サダム・フセイン(Saddam Hussein)政権下で、イラク政府は農家からデーツを市場価格よりも高い金額で購入し、包装、流通させ、遠くは米国まで輸出していた。その時代は、イラクのデーツ産業の黄金期として記憶されている。

 ディワニヤの農業協同組合のムハンマド・カシャシュ(Mohammed Kashash)代表はナツメヤシについて、ほんの20年前は全国どこにでも生えていて3000万本ほどあったが、現在はその半数にも満たないと指摘。事実上途絶えることのない内戦、低迷する経済、政府の不十分な支援を非難した。

「政府からの支援がないので、生産と販売は落ち込んでいる」とカシャシュ氏はAFPに語った。

 イラクの農家の人らは、湾岸地域で大量生産されたデーツが高級品のように包装され、1トン当たり約3500ドル(約37万円)で売られている世界の市場では、もはや競えないと言う。

 国内生産が著しく減少する中、イラクは農家の人らが決して想像もしなかった「輸入デーツ」という現実に直面している。

 アッブードさんにとって大事なことは、ナツメヤシの木に登り、実を刈り取り、無事地上に戻って来られることだ。

 昨年、アッブードさんの父親はナツメヤシの木から落ちて亡くなった。しかし、アッブードさんは、デーツ産業の低迷にもかかわらず、デーツの収穫人として一族の伝統を続けることを選んだ。(c)AFP/Haydar Indhar