【11月13日 AFP】ついに英国だ! 何年もかけて歩いた国は数知れず、フランス沿岸の清潔とは言い難いキャンプでの数週間と英仏海峡の荒波に小さなゴムボートでもまれた7時間を経て、ワリドさん(29)は、ついにやり遂げた。

 ワリドさんは「死のルート」と呼ばれる海峡横断に成功したが、友人のファラさんは、フランス側で出発の機会を待つばかりだ。

 AFPの取材2チームは、仏北部沿岸の町グランドサント(Grande-Synthe)から英仏海峡を越え英南部のドーバー(Dover)を目指すクウェート人のワリドさんとイラク人のファラさんを3週間にわたって同行取材した。50代のファラさんは、アルワちゃん(9)と重度の糖尿病を患うロワネちゃん(13)の娘2人と一緒に行動している。

 仏沿岸からドーバーの白い崖までの距離はわずか33キロ。晴れた日には対岸が見える距離だが、海峡を行き来する船の数は世界有数を誇り、その横断には最大級のリスクが伴う。

 仏海事当局によると、今年1月1日から8月31日までに海峡の横断を試みた移民は6200人に上る。昨年は、1年間で2294人だった。

 金銭的に余裕があればインフレータブルボート(ゴムボート)に乗ることができるが、そうでない場合はパドルボードやカヤック、浮輪などに頼ることになる。

 今年8月、ゴムボートで横断を試みた28歳の移民が水死した。昨年は4人の遺体が海上や仏海岸で見つかっている。

■横断に至るまで

 ワリドさんとファラさんは、グランドサントの鉄道近くの林に防水シートで仮のテントを設置し、携帯電話が鳴るのをじっと待っていた。

 携帯電話は、横断のゴーサインを出す密航業者との唯一の接点で、移民らにとっては希望をつなぐ非常に重要なツールなのだ。

 一人につき3000ユーロ(約37万円)を支払うと、壊れそうなエンジンが付いたゴムボートに乗り込むことができる。

 メッセージアプリのワッツアップ(WhatsApp)を通じて、密航業者からコンタクトがあった。2人はこの密航業者に実際に会ったことはない。こうした犯罪ネットワークにはクルド人またはアルバニア人が多く、仲介者を立てて連絡を取り合う。

 この1か月間、ワリドさんとファラさん家族は、ずっと連絡を待ち続けた。彼らは、ドイツのフランクフルトで出会い、それ以来、希望に満ちあふれたよりよい生活を夢見てずっと行動を共にしてきた。

「たとえこの横断が『死のルート』と呼ばれていても渡りたい」とファラさんは言う。「未知に向かって進むことになる──神と海とわれわれだけ。運命はアラー(神)が決める」

 物静かなファラさんは、2015年にイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が、支配地域を広げるなか、無数の人と共に欧州を目指し、故郷を後にした。

 ファラさんらは、イラクのカルバラ(Karbala)から、トルコ、ギリシャ、北マケドニア、クロアチアといった国を経由し、徒歩でドイツへと渡った。ドイツは国境閉鎖前の2015年、到着する移民を90万人近く受け入れることを決めていた。妻が一緒ではないことについては、ファラさんは口を閉ざしていた。

 ドイツに滞在した2年間、ファラさんは自身を受け入れてくれる国をようやく見つけたように感じていた。だが、ドイツへの難民申請は退けられ、再び移動を強いられることとなった。

 一方のワリドさんは、クウェートで「ビドゥン(Bidoon)」と呼ばれる無国籍の住民としての扱いを受けていた。ビドゥンの人々はパスポートもなく、クウェートでは自国民としても、外国籍保有者としても認められておらず、政治的、社会的、経済的な権利を有していない。