【11月5日 AFP】アルメニアとアゼルバイジャンの係争地ナゴルノカラバフ(Nagorno-Karabakh)の主要都市ステパナケルト(Stepanakert)では、窓を段ボールで覆った灰色の殺風景な格納庫内で焼かれるパンが、戦闘に巻き込まれた住民や兵士らへの重要な恵みとなっている。

 アルメニア系分離派の主要都市ステパナケルトは、霧雨が降る澄んだ空気の中、水曜の朝10時を迎えた。アゼルバイジャンとの戦闘が始まった9月27日以来、砲撃がほぼ日常化していたが、この日までの3日間は比較的穏やかな日が続いていた。

 パン工場が開くとすぐに、車の一団が駆け付けた。車を降りた男性らが急ぎ足で小さな四角い入り口から中に入っていく。パン2、3本を手に取る人もいれば、数十本入りの箱を抱える人もいる。

 瞬く間に男性らが立ち去ると、パン工場の従業員十数人は、次の一団に焼き立てパンを準備するために、フル回転で作業に当たる。

 青い服に赤いエプロンを着け、パン職人の帽子をかぶったレナ・ゲボンジャン(Lena Ghevondyan)さん(55)は、このパン工場で「毎日12時間」働いていると語った。

 パン生地を焼き型に入れながら、ゲボンジャンさんは「疲れは全く気になりません。ここにいる方が気が楽です。(ステパナケルトを)出ていくこともできたのですが、残ることにしました」と説明した。

 20歳になったばかりの息子は、衝突が始まった前日の9月26日から前線に就いている。

「息子がそこにいるのに、出ては行けません。他には何もいりません。自宅は破壊されるかもしれませんが、息子にはそばにいてほしいのです」。かまどの熱で額に汗をかきながら、ゲボンジャンさんは言った。

 ここで出しているのはただひとつ、パンだけだ。しかも無料だ。

 迷彩服を着たパン工場のオーナーのアルメン・サギヤン(Armen Saghyan)さん(31)は、「戦闘の初日から、住民に無料でパンを提供し、軍に協力することを決めました」と語った。

■「危険はどこにでもある」

 えらが張り、ラグビー選手のような体格のアルメン・アブロヤン(Armen Abroyan)さん(41)は、パン工場の運転手兼配達係として働いている。「配達は毎日、依頼があればいつでも行きます。少なくとも1日6回から8回です」と話す。

 アブロヤンさんは危険をものともせず、配達用の白いバンを運転して、前線のすぐ近くにある複数の軍事基地に配達している。

「カラバフで危険でないところがありますか。(ステパナケルト)市だって安全ではありません。前線のすぐ近くですから。危険はどこにでもありますが、行ける所ならどこでも配達するようにしています」とアブロヤンさんは語った。

 映像は10月21日撮影。(c)AFP/Emmanuel PEUCHOT