【11月5日 AFP】南アフリカラグビー協会(SARU)のマーク・アレキサンダー(Mark Alexander)会長は、スーパーラグビー・アンロックト(Super Rugby Unlocked)に参戦する国内7チームの一部で白人の先発メンバーが多すぎることを強く批判している。

 アレキサンダー会長は各チームに送った書簡の中で、プーマス(Phakisa Pumas)が先月のストーマーズ(Stormers)戦で選んだ黒人選手が2人だけだったことを指摘。また、7チームの指揮官が全員白人であることについて、同国のナティ・ムテトワ(Nathi Mthethwa)スポーツ相に正当な理由を説明できなかったとも明かした。

 スプリングボクス(Springboks、南アフリカ代表の愛称)は、昨年のW杯日本大会(Rugby World Cup 2019)で黒人選手6人を先発メンバーに起用して優勝している。アレキサンダー会長は、「W杯での成功は、(人種面の)変革に反対する人々の免罪符にはならない。その反対で、(黒人選手は)低パフォーマンスだとする理屈は通らないという証しだ」と述べた。

「今は前例のない時代だが、われわれが目指している変革の目標が制限されることにはならない」

 南アフリカのラグビー界はアパルトヘイト(人種隔離政策)の下で人種的隔離があり、1981年に行われたアイルランドとのテストマッチでエロル・トビアス(Errol Tobias)が黒人選手として初めて選出されるまで、代表チームのメンバーは約90年も白人だけで構成されていた。

 特に東ケープ(Eastern Cape)州では大勢の黒人がラグビーをこよなく愛し、観戦し、プレーしていたにもかかわらず、多くの白人はこの競技を自分たちだけのものと信じていた。

 1994年には初めて全人種参加の選挙が行われたものの、代表チームにはほぼ何の影響もなく、1995年のW杯優勝メンバーに入った黒人選手はチェスター・ウィリアムス(Chester Williams)だけだった。そうした状況は再び優勝を果たした2007年大会でもほとんど変わらず、トロフィーを掲げた黒人選手はJP・ピーターセン(JP Pietersen)とブライアン・ハバナ(Bryan Habana)の両ウインガーのみだった。

 ラシー・エラスムス(Rassie Erasmus)氏が南アフリカの代表指揮官に就任した2年前から、黒人選手は人数が倍増してようやく存在感を示すようになり、シヤ・コリシ(Siya Kolisi)が黒人選手として同国初の主将に選出された。同氏と後任のジャック・ニーナバー(Jacques Nienaber)ヘッドコーチ(HC)は、少なくとも7人の黒人選手を一貫してスプリングボクスに含めることを目指している。(c)AFP