【2月22日 AFP】漁業資源確保のため人工繁殖させたアトランティックサーモン(タイセイヨウサケ)の稚魚を海洋に放流するという長年の手法が、実は野生のサケの繁殖率を低下させ、有益などころか最終的には悪影響をもたらす恐れがあるとする研究結果を、アイルランドの研究者らが発表した。

 英学術専門誌「英国王立協会紀要B(Proceedings of the Royal Society B)」に昨年10月に掲載された論文によると、アイルランド西部のバリシュール(Burrishoole)集水域にあるふ化場で生まれたサケが大西洋に出た後に残す子孫の数は、平均して野生のサケの3分の1にとどまるという。

「われわれの研究では、ふ化場由来のサケが年間の漁獲資源の中に占める割合が大きいほど、翌年の野生環境におけるサケの繁殖力が低下することも明らかになった」と、論文の主執筆者でコーク大学(University College Cork)の進化生物学者、ローナン・ジェームズ・オサリバン(Ronan James O'Sullivan)氏はAFPに語った。

 野生魚とふ化場由来の魚は「生態学的に同等」だというのが、これまでの考え方だった。だが、今回の研究では、一定期間いけすで育った魚には野生魚とは何かしら異なる点があることが判明した。

 オサリバン氏は、産卵するサケの中に占めるふ化場由来の魚の割合が増えることで、サケ全体の生産性(繁殖率)が「直線的に低下する」ことを「非常に心配している」と述べた。

■繁殖率の低下、考えられる理由は

 サケの放流は北太平洋と大西洋で150年近く続けられており、一帯には複数の貴重な固有種が生息している。研究者らは数十年かけ、幾つもの湖や河川が入り組んだバリシュール集水域の低地を通過するほぼ全てのサケを識別し、遺伝子サンプルを採取してきた。

 ふ化場由来のサケがなぜ急速に変化して野生魚の数に明らかな不利益をもたらすのかについては、幾つかの説明が考えられる。一つ目は、遺伝的影響だ。

 人工ふ化の場合、魚は交尾の相手を自ら選ぶことはなく、ふ化場の管理者が野生魚の小集団から交配相手を選ぶ。その遺伝子プールは非常に限定されているため、繁殖を繰り返すほど遺伝的多様性は失われていく。特に、選ばれたのがふ化放流されたサケだった場合、その傾向は強まる。

 オサリバン氏は、越冬の方法など野生環境に適応するための遺伝子の機能がやがて抑制されたり、突然変異を起こしたりするのではないかと推測している。

 次に考えられるのは、生態学的影響だ。人工ふ化のサケは野生環境への適応力では野生魚に劣るものの、放流まで天敵のいないふ化場で育つため、体が大きくなり、雌の産卵量も多くなる。「野生のサケの子孫は、単純に数でふ化場由来の魚の子孫に勝てず、取って代わられている可能性がある」とオサリバン氏は言う。

 最後に、野生のサケとふ化場由来のサケの違いを説明する材料は、非遺伝的に子孫に受け継がれる影響について研究するエピジェネティクスの領域で見つけられるかもしれない。とはいえ、この可能性は現時点ではまだ純粋な推測の域を出ない。

 オサリバン氏はさらに先を見据え、気候変動の影響についても懸念している。すでに、スペイン北部やフランス南部の河川の水温上昇と、これらの地域におけるアトランティックサーモンの局所絶滅に関連性があることがこれまでの研究で確認されている。(c)AFP/Marlowe HOOD