【10月14日 東方新報】世界的ピアニストであり、2008年の北京夏季五輪の開幕式やグラミー賞授賞式でのパフォーマンスでクラシックファン以外の人々にも親しまれている郎朗(ラン・ラン、Lang Lang)の自伝『奇跡のピアニスト・郎朗自伝―一歩ずつ進めば夢はかなう』(邦訳WAVE出版)が、ハリウッド(Hollywood)の映画製作会社によって映画化される。監督は『ビューティフル・マインド(英題:A Beautiful Mind)』など数々の名作を手掛け、『パヴァロッティ 太陽のテノール(英題:Pavalloti)』など音楽映画にも定評のあるロン・ハワード(Ron Howard)。

 しかし、なぜ郎朗の物語が今頃、ハリウッドで映画化されるのか?中国のSNSの微博(ウェイボー、Weibo)のクラシックファン・ユーザーたちの間では、この話題で持ち切りだ。貧困家庭から「奇跡の両手」とオランダ女王からも絶賛された天才ピアニスト・郎朗が誕生した背後には、「ナンバーワン」をあきらめない不屈の闘志を持つ父子の執念があった。その1980年代から90年代の中国的ハングリー精神、チャイナドリームが、今のハリウッド映画界をひきつけるのだろうか。

 郎朗の父、郎国(Lang Guo)さんは1970年代、中国の伝統弦楽器、二胡の演奏家。だが、プロでの一本立ちは難しく、雑技団の伴奏をしながら、工場労働で暮らしを支えていた。やがて瀋陽(Shen Yang)空軍文工団の試験に受かり、生活が安定した1982年、郎朗が生まれると、音楽家の夢を息子に託すことにした。

 郎朗は自伝のなかで、「父母はともに音楽を志したが、自分の理想を実現はできなかった。彼らの子供として、私は生まれたときから大きな期待を負っていた。彼らの期待が私を導き、巨大な成功に向かって私の背を推したのだ」と語っている。