脱貧困プロジェクトが障害者の暮らしを後押し 自宅で勤務、幸せを実感
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【9月30日 People’s Daily】小さな手で鉛筆や物差し、はさみを器用に使い、手際よくおもちゃの設計図を仕上げる。よく見ると、手のひらには固いタコができている。
今年で31歳となる何暁婷(He Xiaoting)さんは手が小さいだけでなく、背丈も12歳の子どもぐらいの高さだ。幼少期の発熱で小児まひの後遺症があり、ただ立っているだけでもかなりの体力を消耗する。しかし、両親が重い病気にかかり働くことができず、貧困に苦しむ家庭を支えるため、何さんは熱心に働いている。
中国陝西省(Shaanxi)渭南市(Weinan)興鎮の住宅団地に住む何さんは、団地内のおもちゃ工場に所属する設計士。「私の子ども時代の夢は、西洋人形を持つことでした。今は多くの子どもたちに夢を与えられる立場になりました」。何さんの家庭は今では、中国の基準で貧困家庭から脱却することができた。
興鎮の団地工場は地元政府の貧困解消プロジェクトの一つで、15世帯の貧困家庭を貧しさから救済した。さらに、プロジェクトによる収益を144世帯の貧困家庭に配当として渡しており、各世帯は毎年1000元(約1万5000円)の最低保障を受け取っている。何さんは2016年から工場の仕事に従事し、自宅でおもちゃのデザインを手がけている。「息子がまだ小さいので、自宅で生計を立てられるのは本当に助かります」
何さんは幼い頃から体が不自由だったが、明るい性格から同級生に慕われ、自宅では自分でできることは何でも率先していた。15歳になると彼女はつえをついて、西安市(Xi'an)の職業訓練学校に通った。慣れない環境で、一時は戸惑いもあったという。
「杖をついている自分を、学校中の人が見つめているように感じていました」。親切な人も多かったが、他人を煩わせたくなかった。何さんはある時期から2本のつえを手放し、自力で歩こうとした。「何度転んだか数えられないほどだったけど、とにかく自分で立ち上がり、歩きたかった」。そうしたある日、彼女はついに自力でバス停にたどりつき、バスに乗って西安市内を一周した。「人生で最大の勝利を手に入れた気分。最高の一日だった!」
卒業後は電子部品工場に勤務し、回路基板の組み立て作業に励んだ。終業後も上司に教えを請い、ソフトの設計を研究。数年後には社会人大学に通い、昼は仕事、夜は勉強という生活を続けた。
「そんな『修行僧』のような経験を積んだので、腕前には自信があります」と何さん。現在は簡単なおもちゃなら3時間で設計し、複雑な物は4、5日かけて仕上げる。自分の仕事に励むだけでなく、工場の生産・流通過程をすべて学ぼうとしており、工場スタッフはみんな彼女のことをよく知っている。
自宅におもちゃの実物を持ち帰ると、子どもは「ママはすごい!」と目を輝かせ、おもちゃを抱いて離さない。子どもの目には、母親は「魔術師」に見える。「自宅で能力を生かせる仕事ができるなんて、以前は思いもつきませんでした」。何さんは今の仕事に就けたことを大変貴重に思っている。
この団地内の工場では、これまでに13人の障害者が働いている。興鎮党委書記の高武国(Gao Wuguo)さんは「私たちは積極的に企業と連携し、企業も社会的責任を果たしている。障害者が自宅で働けることは、生活を豊かにするだけでなく、生きる勇気をもたらしているのです」と力説する。地元政府、地域、企業が一体となった貧困解消プロジェクトは、これからも多くの貧困家庭や障害者の暮らしを支えていく。(c)People's Daily/AFPBB News