■「毎晩、いつでも行けるように」

 グランドサントから西に30キロ離れたカレー(Calais)の移民キャンプ「ジャングル(Jungle)」が取り壊されてから4年が経過したが、仏沿岸部には、英国を目指すエリトリア人、イラン人、アフガニスタン人、シリア人らの移民が集まり続けている。

 落ち込むこともある。ファラさんは幾度となく涙を見せた。

「毎晩、すべてを残して出発する用意ができていなければならない。ボートは待ってくれない。2日間、靴をはいたまま寝たこともある」

 これまで、ファラさんは3回横断を試みているが、全て失敗に終わっている。1回目と3回目は、警察の監視が厳しかった。

「2回目は、海岸で5時間待機した。その後、ボートを海へと運び、空気を入れたが、そこでボートが破れているのに気づき、密航業者からボートを降りるように言われた」と、たばこを吸いながら語った。

 ファラさんはその密航業者が移民に対して不当な搾取を行っていると考えるようになり、今では信用することができなくなった。だが、その業者への支払いをすでに現金で済ませてしまっているため、どうすることもできないのだ。

 一方のワリドさんは、まだ料金を支払っていなかったため、業者の変更を決めた。3000ユーロの上乗せとなるが、新たな業者は「100%」の成功率を誇っていた。

 こうして、ファラさんとワリドさんはそれぞれ別の道を進むことになった。

■エンスト

 9月10日、木曜日。グランドサントに到着してから1か月と13日が経過していた。暖かな日差しと穏やかな風に、ワリドさんの期待が膨らんだ。

 密航業者から、横断決行についての連絡があった。

 数キロ離れた場所では、キャンプを変えたファラさんも出発の準備ができていた。娘の薬剤を容器に入れ、クロワッサン数個をかばんに急いで押し込んだ。英国では「すべてが楽になる」とファラさんは言う。

 夜の8時。ワリドさんのグループはカレーから約25キロ離れた海岸に到着した。

 海は穏やかで、雨が降る様子もない。海岸をパトロールする警察の懐中電灯が砂浜をあちこち照らしている。海岸近くの森に隠れ、ひそひそ声で話しながら、ワリドさんのグループは出発の機会をうかがった。

 夜が明け、午前7時を前に太陽が少しずつ昇り始めるなかで、ゴムボート3そうが水面に急いで押し出された。

 ワリドさんのグループが最初に出発した。AFPの取材チームは別のボートでぴったりとついて行った。

 エンジンは弱々しいが、ボートはゆっくりと北西に進んだ。

 乗船しているのは、女性数人と赤ん坊1人、それと子どもら数人を含む14人だ。全員が明るいオレンジ色のライフジャケットを着ている。

 彼らが唯一恐れるのは、フランスの海域でボートが止まってしまうことだ。それは、振り出しに戻ることを意味する。