【10月20日 AFP】香港の加工食品大手「冠珍醤園(Koon Chun Sauce Factory)」は、しょうゆや海鮮醤(ハイセンジャン)、オイスターソースといった中華料理の定番調味料を大量生産し、世界中の家庭や中華料理店に届けてきた。その工場では今、大量の容器の表示ラベルを「中国製」に付け替える作業に従業員らが追われている。香港の老舗ブランドは緊迫する米中外交の犠牲となっているのだ。

 1928年の創業から約1世紀となる家族経営の同社は、世界大戦やいくつもの経済危機を切り抜けてきた。そして、企業が中国本土の安価な労働力を求め、香港の製造基盤が緩やかに衰退する中でも生き延びてきた。

 だが今年11月以降、「香港製」の表示がある製品は米国へ輸出できなくなる。これは民主派の抗議行動で揺れる香港に中国政府が導入した厳しい「香港国家安全維持法」に対する、米政府の制裁措置の一環だ。

 米関税当局がこの新規則を発表したのは8月、冠珍の出荷分1300箱が米ジョージア州アトランタ(Atlanta)に向けて出航するわずか2日前のことだった。

 同社では急きょ1300箱全部と、今夏に米国への輸出を予定していた他の出荷分全てのラベルを貼り替えなければならなくなった。同社創業者を曽祖父に持つダニエル・チャン(Daniel Chan)氏はAFPの取材に「ほとんどあり得ない、無茶な作業だった」と語った。

 ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は再選を狙う中で、中国に対してますます強硬姿勢を強めている。香港民主派に対する中国当局の弾圧は、そのトランプ氏に新たな攻撃材料を与えている。

 トランプ政権はこの夏、これまで香港に与えていた貿易特恵待遇の根拠となる十分な自治が失われたと宣言。香港を他の中国の都市と同様に扱うと発表した。

 米ハーバード大学(Harvard University)で学んだチャン氏は、香港の政治情勢が変わることは予想していたが、それがこんなに早く到来するとは思っていなかったという。

 中国政府は1997年の英国による香港返還から50年間は、香港に自由と自治を認めると約束していた。だから変化があるのは、「香港に『一国二制度』が適用されなくなる2047年が近づいてからだろうと想定していた」とチャン氏はいう。

 その後、表示ラベルをめぐる米国の新規則導入は、11月初旬の米大統領選後まで延期されることが発表され、香港企業は猶予を得た。だがチャン氏は「わずかな時間稼ぎにしかならない」と嘆く。

 香港行政府の邱騰華(エドワード・ヤウ、Edward Yau)商務経済発展局長は、製品表示に関する米国側のルール変更を強く非難し、世界貿易機関(World Trade Organization)への申し立ても辞さない姿勢を示している。一方で、昨年の香港製品の対米輸出額は37億香港ドル(約500億円)相当で、香港の総輸出のわずか0.1%未満にすぎないと強調もしている。

 だが北米に住む大勢の中国系移民に人気のブランドとして、自社製品の約半分を米国に輸出しているチャン氏にとって、それは少しの慰めにもならない。「香港だけに拠点を置き、今もこんなふうに大量生産を行い米国に輸出しているのは、わが社だけなのに」とチャン氏はいう。

 今後、他の海外市場が米国に続くことをチャン氏は恐れている。「20年後、30年後に存在するのは『中国製』だけで、香港のことは忘れ去られるのだろう」「それはとても悲しいことだ」とチャン氏は述べた。(c)AFP/Su Xinqi