【9月6日 AFP】地中海での船の沈没、海岸に漂着した子どもの遺体、及び腰の政治家、繰り返される国境の開放と封鎖──これは、2015年に起きた欧州移民危機の普遍的な印象だ。

■移民800人が水死

 2015年4月18日から19日にかけての夜、リビアから来た小型の青いトロール船が、救助に向かったポルトガル船籍の貨物船の乗組員らの面前で、転覆、沈没した。

 トロール船にすし詰めにされていた800人を超える移民のうち、助かったのはわずか30人ほどだった。地中海での海難事故として、ここ数十年で最悪のものとなった。

 惨劇の規模と生存者らの身も凍るような恐ろしい証言は激しい怒りを巻き起こし、欧州連合(EU)にリビア沖での出来事により深く関与することを迫った。イタリアの裁判所は2016年、トロール船のチュニジア人船長に禁錮18年の判決を下した。

■ 漂着した男児の遺体

 赤いTシャツに青いズボン姿の男児の遺体が、トルコの海岸に漂着した。アイランちゃんは当時3歳だった。ギリシャの島を目指してシリアを出発し、当時5歳の兄を含む十数人と共に溺れた。

 胸を締め付けるような画像は世界中を駆け巡り、新聞の1面に掲載された。その結果、亡命希望者への寄付が急増した。数字を通じて報じられることが多い移民危機が、生身の人間の危機だと知らしめることとなった。

 2015年に海を経由して欧州にたどり着いた人は、100万人以上に上る。そのうち85万人以上がギリシャの海岸に漂着しており、多くは戦争で荒廃したシリアから逃れてきた人たちだった。

■「ママ・メルケル」

 欧州に到着する移民が記録的な人数となった2015年の夏、欧州の指導者らはこの状況にどう対処するべきか迷い、議論した。人道危機を恐れたドイツのアンゲラ・メルケル(Angela Merkel)首相が立場を表明し、その決定が転機となった。

 メルケル氏は2015年8月、ドイツは今後、ダブリン規則に定められているように、亡命希望者を最初に入国したEU加盟国に送り返すことはしないと発表。9月5日には、ドイツはハンガリーにいる大勢の移民を受け入れる準備ができていると述べた。

 メルケル氏は、シリアの亡命希望者から「ママ・メルケル」と親しまれ、欧州の誇りを守ったと信じる人たちから称賛された。しかし、その決定は移民の大量流入を促すとして、ドイツ国内と欧州諸国からの反発を引き起こした。

 ところがドイツは9月半ば、到着する移民が増加しているにもかかわらず、出入国管理を再導入した。オーストリア、スロバキア、チェコはすぐに追随した──欧州での出入国審査のないシェンゲン(Schengen)圏制度を事実上停止した。