雪竜号の救助活動を回顧 南極は人類運命共同体の世界
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【8月18日 People’s Daily】2019年10月、中国の南極観測船「雪竜(Xuelong)号」による約6年前の救助活動を振り返るため、私(記者)は南極を訪れた。見渡す限り真っ白ななかで「五星紅旗(中国国旗)」がことのほか鮮やかだった。中国の長城観測基地では劉雷保(Liu Leibao)隊長が寒風のなかで私たちを迎えてくれた。
南極はとても美しいが、とても危険でもある。ここでは、最も原始的な美しさと出会えるが、最も厳しい危険とも遭遇する。
中国の南極観測船、雪竜号で突然、電話のベルが鳴り響いたのは2013年12月24日午前5時2分だった。「メーデー!」。最高レベルの海上の救難信号だった。
王建忠(Wang Jianzhong)船長はあわただしくドアをたたく音で目が覚めた。ロシアのアカデミック・ショカリスキー(Akademik Shokalskiy)号が氷の海に閉じ込められ、船体が損傷し、横転の危険があるとのことだった。雪竜号が最も近くにいる船で、その距離は約600カイリ。雪竜号は進行方向を東南に調整、全速力で現場に向かった。
雪竜号はロシア船が閉じ込められている海域に到着したが、状況は予想をはるかに上回るものだった。大きな氷が海面を埋めており、風と海流により急速に流れていた。氷を割っても、すぐに閉じてしまう。だが、引き返すわけにはいかない。雪竜号は前進を続けた。
12月28日、雪竜号はロシア船から6.1カイリのところまで来た。見渡しのいいときには、ロシア船を目視できた。だが氷の厚さは雪竜号の砕氷能力を上回っていた。前進のしようがなかった。
では、どうするか。とどまるのか、去るのか。氷は集まってくる。危険だ。だが、雪竜号が撤収すれば、ロシア船は孤立無援になる。王船長は南極観測30年を超える観測隊長の劉順林(Liu Shunlin)氏と協議、とどまることを決定した。
その2日後、オーストラリアの観測船、オーロラ・オーストラリス(Aurora Australis)号も到着した。だが、ますます厚くなる氷に対して、なすすべがなく、ロシア船から11カイリのところで止まっていた。3隻は猛吹雪の中で新年を迎えた。
1月2日、天気がようやく好転、風速は毎秒8メートル以下になり、視程も20キロになった。ロシア船の乗客52人は心身ともに極限状態にあった。3隻の責任者は話し合った末、雪竜号のヘリコプターで乗客を豪州船に移送することにした。この日午後、ロシア船の乗客は全員が移送され、ロシア船には乗員22人が残った。
幸いなことに、1月初めは南極では夏。南極の氷が解け始める時期だ。4日間待ち続けた後、1月7日、雪竜号に突破するチャンスが訪れた。午前4時に行動を開始、13時間の奮戦を経て、夕方の午後5時50分、脱出に成功。この日、ロシア船も抜け出した。
南極はどの国にも属していない。国境もない。だが、だれかが危険な目に遭えば、皆が手を差し伸べる。人類運命共同体という理念を体得しやすい場所だ。(c)People's Daily/AFPBB News