いま着けたいのは、“物語” のある時計--。その興味深いストーリーを知るほどに魅力は深まるばかり。ここに現代の名品たちを主役にした珠玉の短編集を編んでみた。

アルソー/アルソーは、複雑機構からクロノグラフ、スポーティモデルまで幅広いバリエーションを備える基幹コレクションだ。アリゲーターストラップとも色を統一したブルー文字盤は、美しいラッカー仕上げに数字インデックスが映える。秒針を省いたドレッシーなスタイルは、シーンを選ばず、長く愛用できるだろう。クオーツ。ケース直径40㎜、ステンレススティール。税別39万6000円。

1978年にアンリ・ドリニーのデザインで誕生。シンプルなラウンドケースにラグで個性をアピールし、いま見ても新鮮さを失わない。アンリはケープコッドなど数々の名作も手がけた。©Calitho

レザーストラップの製作にも応用されるのが、馬具製作で培われたサドルステッチの技法だ。上質なレザーを用い、伝統的なアルチザンの手作業によって一つひとつ丁寧に縫われていく。©Hermès

HERMÈS

エルメスの時計を想う時、一枚の古い写真が思い浮かぶ。それは1911年、創業家3代目のエミール・エルメスの妻ジュリィが幼い娘たちを写した夏の日のスナップだ。写真では次女ジャクリーヌの腕に小さな腕時計が着けられている。ジャクリーヌは時計が大好きだったが、ポケットウォッチでは持て余してしまう。見かねたエミールがアトリエにあった革で専用のストラップ付きケースを作り、誕生日に贈ったのだった。

エミールは、モータリゼーションや女性の社会進出が進む時代の変化をとらえ、鞄や手袋、財布などの革製品製造を積極的に進めた。当然時計も範疇にあったのだろう。だが創作の原点は、娘への無上の愛や家族とのかけがえのない記憶だったに違いない。

その後1920年代に時計販売を開始。時を経て1978年にスイス・ビエンヌにラ・モントル・エルメス(現エルメス・オルロジェ)社を設立し、時計製造に本格参入した。そのスタートを飾ったのがアルソーだ。上下のラグは人と馬をつなぐ馬具の鐙をモチーフに、数字インデックスは軽快なギャロップから着想を得ている。ルーツである馬具の世界観を時計に凝縮し、その基本スタイルは時代を超える。大切な時のように。

文=柴田 充 写真=近藤正一
(ENGINE2020年9・10月合併号)