【7月29日 東方新報】中国政府が「トンデモ抗日ドラマ」の禁止を放送業界に通達したことが、中国で話題を呼んでいる。この十年来、中国の市民が「抗日神劇(ありえない抗日ドラマ)」と名付ける作品が増えて問題になっているが、今年の夏が抗日戦争勝利(第2次世界大戦終結)75周年の節目を迎えることから、あらためて通達を出した。

 中国の映画・ドラマなどを管轄する国家広播総局は7月16日付で「抗日戦争、朝鮮戦争、新型コロナウイルスとの戦いをテーマにした作品」などについて通達を出した。終戦75周年を迎える抗日戦争、今年で戦争勃発から70周年となり中国も参戦した朝鮮戦争、そして今年の最大の出来事である新型コロナウイルスについて、「市民の精神を高揚する」作品を制作するよう求めると同時に、抗日ドラマについては「常識に背き、歴史を面白おかしく解釈し、過度に娯楽化したドラマは作らないように」と特記した。

「トンデモ抗日ドラマ」として最も名高いのは、2010年の『抗日奇俠』だ。中国で伝統的に人気のある武侠(拳法)ドラマの要素を織り交ぜた作品だが、怪力キャラが日本兵を両手で真っ二つに引き裂くシーンが登場し、「ふざけすぎている」と問題に。2016年のドラマ『怒江之戦』では、国民党軍の女性将校がセクシーなミニスカートの軍服で現れ、物議を醸した。「手斬鬼子(鬼子は日本兵の蔑称)」や「ミニスカ将校」は「トンデモ抗日ドラマ」の代名詞となった。このほか、中国の子どもがパチンコで日本兵を倒したり、日本兵がこの時代にはない暗視スコープや米軍の装備をしていたり、さらには「忍者部隊」も登場する作品もあった。

 2000年の中国映画『鬼子来了(邦題:鬼が来た!)』(香川照之<Teruhiko Kagawa>らも出演)がカンヌ国際映画祭(Cannes Film Festival)でグランプリを受賞するなど、国際的に評価の高い抗日作品もある。2005年に制作され、今も「抗日ドラマの名作」として中国で繰り返し再放送される『亮剣』のようなドラマもある。その一方で、中国の視聴者が「ありえない」と問題にするような作品が続くのはなぜか。

 背景として端的な理由は、中国でもインターネットの普及により若者を中心とした「テレビ離れ」が進んでいることだ。日本で『水戸黄門』のような定番時代劇が民放ゴールンデンタイムから姿を消したように、抗日ドラマへの関心が低くなっている。また、中国で経済成長が進み国民の生活が豊かになり、シリアスなドキュメンタリータッチの作品より、CGを駆使したハリウッド調のドラマやエンターテインメント番組が人気になっていることも大きい。さらに、中国のテレビ番組は日本の大作映画並みに数十億円の予算を投じる作品も多く、視聴率的に「失敗」が許されないこともある。

 こうした要因から、抗日ドラマが「神劇」化していく。「抗日ドラマなら、ある程度の『演出』が許される」という考えから、派手なバイオレンスシーンを取り入れたり、日本兵が中国の女性兵士を拷問するシーンが「SMまがい」だったり、過剰な演出が登場する。日本でも最近の時代劇はちょんまげでなくロン毛のイケメン武将が登場したり、「○○だぜ」「○○かよ」と現代語調の話し方をしたりする作品が増えているが、「歴史のエンタメ化」は各国で共通する部分もあるかもしれない。

 日本では1945年8月15日にポツダム宣言受託を表明したことから8月15日が終戦記念日となっているが、国際的には日本が1945年9月2日に米戦艦ミズーリ艦上で降伏文書に署名したことから9月2日が対日戦勝記念日(VJデー)とされ、中国では翌9月3日を戦勝記念日としている。抗日戦争勝利75周年となる9月に向けて中国では多くの抗日ドラマが放映されることになるが、「トンデモ」作品が放映されて「歴史を傷つける行為」にならないよう、中国政府は神経をとがらせている。(c)東方新報/AFPBB News