【8月5日 AFP】イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の新たな最高指導者、アミル・モハメド・アブドル・ラーマン・マウリ・サルビ(Amir Mohammed Abdul Rahman al-Mawli al-Salbi)容疑者は、「教授」と「破壊者」という相反する名で呼ばれており、極めて残忍だといううわさだ。だが、それ以外の人物像についてはほとんど謎に包まれたままだ。

 ISは昨年10月、前最高指導者アブバクル・バグダディ(Abu Bakr al-Baghdadi)容疑者が米軍特殊部隊の急襲作戦によって死亡した後、マウリ容疑者を後継者に指名した。

 米国務省は直ちにマウリ容疑者を「特定国際テロリスト(Specially Designated Global Terrorist)」に指定。同容疑者の拘束につながる情報提供に対して1000万ドル(約10億6000万円)の懸賞金を払うと発表した。

 誰もが同意すると思われるのは、マウリ容疑者が残忍な性格だという点だ。

 仏パリ政治学院(Sciences-Po)の過激派分析専門家ジャンピエール・フィリウ(Jean-Pierre Filiu)氏によると、マウリ容疑者は「(イラクの)少数民族ヤジディ(Yazidi)に対する虐殺、追放、性奴隷化などを通じた原理主義的な粛清作戦で大きな役割を果たしたこと」で、最もよく知られているという。

 マウリ容疑者はおそらく1976年に、イラクのモスル(Mosul)から約70キロ離れたタルアファル(Tal Afar)の町で生まれたとされる。ISの中で高位まで上り詰めた非アラブ系としては珍しい、トルクメン人の家系の出身だ。

 国連(UN)は1月の報告書で、「ISが地方部から全面的な支持を集めることができる最高指導者は、クライシュ(Quraysh)族のハシム家(Hashemite)直系の子孫」であり、民族的出自を考えるとマウリ容疑者は「そうしたより正統な『首長』を見つけるまでの一時的な選択」ではないかと推測した。

 国際シンクタンク「反過激主義プロジェクト(Counter Extremism Project)」によると、マウリ容疑者はサダム・フセイン(Saddam Hussein)政権時代、イラク軍の将校だったが、2003年の米国によるイラク侵攻とフセイン大統領逮捕の後、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)に合流した。