それぞれの人生で出会った「決定的なクルマ」について綴ったエッセイです。カメラマンの秦 淳司さんが選んだのは、「龍虎丸(デコトラ)」。人生を変えたクルマの物語をどうぞお楽しみください。

ずっと貫いている

雑誌ENGINEの表紙を手がける秦カメラマンは15年ほど前に知り合ったデコトラたちに年に1度、必ず会いに行く。それはもはやクルマを超越した物体であり侠気あふれるオーナーの、誇りだという。

自分が乗るなら、ちっちゃくて、おっさんがぎゅうぎゅう詰めで走ってるようなクルマがいい。

こうした好みは幼少のころから。近所で目にするホンダN360やマツダ・キャロルに惹かれていた。それゆえ、ホンダ・シティ・カブリオレ、フォルクスワーゲン・ゴルフGTI、アバルト595、そして現在の3代目ミニのジョン・クーパー・ワークスなど、小さくてキビキビとよく走るクルマを選んできた。

それらと並行して長年所有していたのがフォルクスワーゲン・カルマンギアだ。ヘッドライトの位置が低く、車体のラインがきれいで、ローライトという角形テールが付くフィフティーズの初期型モデル。10年かけて仕上げ、10年を修理に費やした。結局介護疲れでお別れしてしまったのだが、趣味の時間を過ごす相棒として、とっておけばよかったのではないか、といまだに思うことがある。

こんなクルマ遍歴を持つ自分だが、人生でもっとも衝撃を受けたクルマのひとつが、写真の龍虎丸(りゅうこまる)というデコレーション・トラックだ。いわゆるデコトラ。恐ろしくド派手な電飾に、完全に空力を無視したゴテゴテの外装。もはやクルマというより、既存の価値観を超越した“物体”だ。

出会ったのは15年前。たまたま撮影でデコトラを背景にしようと探していて、龍虎丸のオーナーの宮内龍二さんと、その兄の如弘(ゆきひろ)さんと知り合った。デコトラ愛好家たちの集まりの中でも、宮内如弘会長率いる筑波周辺の“黒潮船団”はちょっとスペシャルで、その昭和っぷりというか、これほどのトラックがいまだに走っているんだって、うれしくてたまらなくなった。

以後、全国のデコトラが100台以上集結する年始のカウントダウン・イベントに通うようになった。デコトラの元祖・菅原文太さん主演の映画『トラック野郎』の劇中車を大切に保存するファンもいる一方で、ワンピースなどのキャラクターが描かれた今どきのデコトラも並ぶ。さすがに参加車は年々減ってきているが、海外からも大勢の人がデコトラを見に集まってくる。

そうしたイベント会場で見る龍虎丸の姿は、どこか信仰の対象のようにも思える。たとえば日本の御神輿や、メキシコのバロック教会に通ずるものを感じる。今なおファンに愛されるのは、ゴテゴテに装飾された容姿だけでなく、乗り手の侠気や生き様に共感を覚えるからだ。

そもそもデコトラは荷物を運ぶトラックだから、積載量はなにより重要だ。それなのに電飾やバッテリー、外装に使われているステンレスの重さのぶん、積載量が減る。法規を守って改造していても、見た目で判断されて荷主から出禁にされたりもする。趣味に走れば走るほど、仕事はしづらい。それでも彼らは、デコトラを実際に仕事に使うことを誇りとしている。龍虎丸のコンテナの側面には、世の中の流れに逆らえず、デコトラを降りざるを得なかった仲間たちの名が刻まれている。そうやって、いわば魂を引き継いできた。

最近龍二さんは別のトラックを購入したが、これは龍虎丸の維持など先々を見据えてのことで、デコトラを降りるつもりはさらさらない。

デコトラは機能的ではないし、不便なことだらけの、いわば絶滅危惧“車”だ。それでも彼らは、こだわりを捨てない。何者にも屈せず意地を張り、自分を貫いている。そこが本当にうらやましいし、もう参りました、としか言えない。

趣味としてだけでなく、仕事と生活の中で乗ろう乗ろうと思いつつも、なかなか立ちゆかなくて結局サヨナラしてしまったカルマンギアが、頭の中でデコトラとオーバーラップする。

自分を貫き続けるためには、もう一度手に入れるべきじゃないか。それが漢ってもんじゃないか。こうして龍虎丸と宮内兄弟を思い出しては、あらためてカルマンギアへの思いが募る今日この頃である。押忍。

写真・語り=秦 淳司(カメラマン) まとめ=上田純一郎(ENGINE編集部)

(ENGINE2020年7・8月号)