【6月19日 AFP】ラグビーイングランド代表の応援歌「スウィング・ロウ・スウィート・チャリオット(Swing Low, Sweet Chariot)」が、英ロンドンのトゥイッケナム・スタジアム(Twickenham Stadium)に詰めかけた観客8万人に大合唱される光景が過去のものになるかもしれない。イングランドラグビー協会(RFU)は18日、米国人奴隷の物語が起源であると知らずに、大勢の母国ファンがこの歌を合唱していることに関して調査していると明らかにした。

 イングランドファンは以前にも、ロンドンでのホームゲームとアウェーゲームの両方で「スウィング・ロウ」が合唱されていることで、「文化の盗用」だと批判されたことがあった。しかし、「Black Lives Matter(黒人の命は大切)」の抗議デモで、同国南西部ブリストル(Bristol)に立てられていた奴隷商人の銅像が倒されるなどの騒動が起きていることから、多くの国内のスポーツ団体が奴隷制度との歴史的関わりを詳細に調べる動きに出ている。

 RFUの広報担当者はこの日、「これまでRFUは、さらなる多様性の構築が必要であると訴えてきた。そして、われわれは変革を加速して喚起を促す決意である」とすると、「『スウィング・ロウ・スウィート・チャリオット』は長きにわたりラグビー文化の一部でありながら、大勢がその起源や感受性に何も気付かぬまま歌っている」「われわれはこの歌の歴史的背景や、ファンが詳細な情報を基に決断するように教育する上でのわれわれの役割を見直していく」と述べた。

 イングランド代表のFWで黒人および混血選手の一人であるマロ・イトジェ(Maro Itoje)は先日、「トゥイッケナムのファンが、悪意を持って歌っているとは思わない」「だけど、あの歌の背景は複雑なものだ」と話していた。

 19世紀半ばに米国人奴隷のウォーレス・ウィリス(Wallace Willis)によって書かれたと言われている「スウィング・ロウ」が、最初にトゥイッケナムで歌われたのは、アカデミー賞受賞映画の『炎のランナー(Chariots of Fire)』が由来のニックネームを持つ黒人選手マーティン・チャリオッツ・オファイア(Martin 'Chariots' Offiah)がプレーしていた、1987年のミドルセックス・セブンズでの試合だったといわれている。

 そしてこの歌がイングランドファンの間で人気となったのは、その翌年に同じ黒人選手のクリス・オティ(Chris Oti)が、トゥイッケナムで行われたアイルランド戦でハットトリックを記録したときだったとされている。

 しかし、1970年代にジュニアクラブで「スウィング・ロウ」が歌われているのを記憶しているという元イングランド代表のHOブライアン・ムーア(Brian Moore)氏は、現在はトゥイッケナムの至る所でこの歌詞が記されているとしても、RFUが禁止がすることは何の問題もないとし、「私はずっとこの歌が大嫌いだった」「適切ではない。あれには奴隷の意味が含まれていて、RFUが禁止したら私は喜ぶだろう」と英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)に語った。

 記事ではまた、匿名の人物が「試合で歌われるのを止める」のは選択肢の一つと話したと報じている。(c)AFP/Julian GUYER