【5月11日 Xinhua News】世界最高峰チョモランマ(Qomolangma、エベレストのチベット名)を世界で最初に測量したのは中国だったことが、歴史資料と測量機器の調査で明らかになった。

 地理学者で地形学者でもあった故・林超(Lin Chao)教授は1958年に発表した論文で「この山を最初に発見し、命名したのはチベット南部に住むチベット族だった。1715年から1717年にかけて中国の測量隊が科学的な手法でこの山を測量し、地図に記載した」と書いた。

 林教授の研究によると、チョモランマの名が最初に記載されたのは清朝(1644~1911)の康熙帝(Emperor Kangxi)の治世に作られた初の中国全土の実測地図「皇輿全覧図」で、1721年のことだった。

 北京市にある故宮博物院の研究館員、周乾(Zhao Qian)氏は、「康熙帝は戦時における地図の重要性に気付いていたが、当時の地図は実際の地形を反映していなかったため、新しい地図の作製を命じた」と説明した。

 周氏によると、康熙帝は1715年、当時としては最新鋭の測量機器を携えた測量隊をチベットに派遣した。

 その測量機器の中には、故宮博物院所蔵の可動指示器が四つ付いた半円形の分度器もあった。このことは当時の最先端の測量技術が使われたことを示していると周氏は説明し、故宮博物院は銅合金製の四分儀なども所蔵しているが、これらの機器からチベットに派遣された測量隊が高さも測定しようとしたことが分かると語った。

 1715年の測量は清史稿(清朝の正史作成のための草稿)や清実録(清朝の出来事の記録)といった歴史資料にも記載されたが、皇輿全覧図が最も直接的な証拠だと周氏は言う。

 林教授は論文で、皇輿全覧図に記載されたチョモランマの緯度と経度は現在の測量結果とは違っているが、相対的な位置関係は正確だったと指摘していた。皇輿全覧図に記された山の三つの支脈は現在の中絨布氷河、東絨布氷河、西絨布氷河に当たる。

 林教授と周氏の研究は、中国チベット自治区(Tibet Autonomous Region)とネパールの国境をまたぐチョモランマを最初に測量したのは西洋人だとする説に対抗するものだ。1850年代の測量で、この山はヒマラヤ山脈の測量を指揮した英国のインド測量局長官、ジョージ・エベレスト(George Everest)の名を取って名付けられた。

 皇輿全覧図にチョモランマの高さが記載されていないのは残念だと言う周氏は、「清朝時代のこの山の完全な測量結果はまだ公開されていないが、研究が進めば、将来的には(当時測量された)この山の高さが明らかになるかもしれない」と述べた。

 周氏は「皇輿全覧図はチョモランマの測量に関する最も古い文献で、中国の測量は西洋より140年も早かったことになる」と述べた。

 チョモランマとはチベット語で「世界の母神」という意味。ネパール語ではサガルマータ(「大空の頭」、「世界の頂上」という意味)と言う。

 中国は先月30日、チョモランマの高さの再測定を開始した。今年は中国とネパールの国交樹立65周年、中国側から上る北稜ルートでのチョモランマ登頂が初めて成功してから60周年、新中国の成立後初めて中国の測量隊がチョモランマの高さを測量・発表してから45周年の節目の年に当たる。(c)Xinhua News/AFPBB News